第37話 映画の舞台挨拶の予定は誰が決める?
「マキ。舞台、千秋楽までお疲れ様だよー」
「おや? 誰かと思えばマイフレンドじゃないかい。昨日の打ち上げに顔を出さなかった薄情な親友が現れましたよ、と」
舞台の千秋楽の翌日、ボクは1人でマキのマンションを訪ねていた。
さっそく打ち上げに顔を出さずに帰ったことをなじられているわけで。
「ごめんてー。ちょっと仕事が抜けられなくて。舞台は見に行ってそのまますぐに会社に帰ったんだよ」
「いいよいいよ。メイメイちゃんで遊んだし♡」
マキがイジワルそうに「ニシシ」と笑う。
「メイメイで遊ぶって……。念のため聞くけど、お酒飲ませたりしてないよね⁉」
「まさか。さすがに泥酔しててもそれくらいの分別はあるさ~ね♡」
マキ……泥酔したのか。いかにもって感じの打ち上げだね……。
「記憶ある? 二日酔いだったりするの?」
見た目はシャンとしている。けれど、マキの場合演技している可能性があるから、見た目からじゃわからないよねえ、実際。
「どんなに酔っぱらっても記憶をなくしたりはしまーせんっ! こんなに美しくてかわいらしい乙女が酔っ払って転がってたら、誰かにいたずらされちゃうでしょ♡」
「美しくてかわいい乙女かはわからないけど、お酒はほどほどにねー」
まあ、打ち上げでいたずらなんてされた日には普通に事件だし、スキャンダルにもなりますね。でも悪いプロデューサーとかいそうだし、十分気をつけてよね。ピンクのセーターを肩にかけてサングラスしている感じの人には特に気をつけよう。
「メイメイちゃんにはスイーツ1年分持たせておいたから、ほっくほくの笑顔で帰ったよ。ちゃんと22時前には寮に着くようにタクシーに乗っけておいたから万事OKっしょ♪」
「泥酔してその手際。お見逸れしました」
ボクが頭を下げると、マキが両手にブイサインをして見せる。そのままカニ歩きを始める。この陽気さ……さてはまだお酒抜けてないな、これ。
「ところで今日は何で呼び出されたんだっけ? 昨日の打ち上げに出なかったから怒ってて謝罪なのかなって思ったんだけど、違いそう」
念のため洗濯してある下着セットはカバンに忍ばせてある。何とかこれを身代わりにドロンしようと思ったけど、そういう感じでもなさそう?
「んーと、まあそれも半分。だけど、もう半分は映画のプロモーションでどれくらい回れるかなーって確認?」
マキが立ち上がってキッチンに向かう。お湯が沸いたみたいだ。
「映画のプロモーション? なにそれ? 舞台挨拶的なことやるんだ?」
「そうね。全国ロードショーではないけど、それなりに上映館数は多いから、舞台挨拶は地方も予定してる~」
全然考えてなかった。
そういうものかー。
「みんなで行くのも良いし、バラバラに手分けするのもいいし」
「そういうのってなんかプロデューサーとか偉い人が決めてその通りに動くものじゃないの?」
「普通はそうよ~。でも洋子ちゃんのところにプロデューサーから『任せるわ~』って連絡が来たって、困ってわたしのところに話が下りてきた、みたいな?」
なんじゃそりゃ?
監督はそういうのを決める人じゃないでしょ。むしろ舞台挨拶ではステージに立って話をするほうの立ち位置では?
「ま~、その辺の関係性は深く突っ込まないけど、洋子ちゃんだから映画の話が来た、みたいなところがあるみたいだし、太いパイプがあるんでしょうね」
「ふーん。変な感じー」
「こういう時は余計な首を突っ込まずに、言われた仕事をするに限るよ~ん」
業界から消されたくなければ、ってやつ⁉ こっわっ!
「まあ良いや。気にしないでおく。それで、どれくらい舞台挨拶回る予定なの?」
ボクがそう尋ねると、マキがA4のメモ用紙を持ってきてくれた。
「ちょっとそれ見てて。紅茶淹れちゃうから」
A4のメモ用紙には、地方ごとに仕分けされた劇場の名前が羅列されていた。
ひーふーみーよー。なるほど、20館かあ。
「これって多いの?」
ぜんぜん基準がわからない。
「まあまあってところかなあ。スタートにしては悪くないと思うよん。超話題作ってわけでもないし」
「ふーん。全国ロードショーみたいな映画しか知らないから少なく感じちゃうけど、そういうものなんだね」
「それはテレビCMバンバンで大人気俳優がたくさん出る系の映画だね~。いうてもわたしは若手の部類だし、あとはカエデやハルちゃんみたいな新人ばかりだし。予算もそんなにかかっている映画じゃないからね~」
赤字にならないようにすればいいって感じなのかな。
「話題になって上映館数が増える映画もあるから、まあいきなり冒険はしないものだよ。それと、こういうのは円盤である程度回収をしたいってイメージかな」
「円盤っていうと、DVDやBlu-ray?」
「そうだよ~。そっちはそっちでわりと本気のプロモーション入ると思う。そっちの事務所が本気出すのは円盤の時かな」
「あ~、サイン会とかそういう感じ?」
「そそ。アイドル使ってるのはそういう意味もあったりね。わたしもビジュアルで売ってるし♡」
「マキって実力派女優じゃなかったの」
「実力派よ! 今のはジョークで笑うとこっしょ! だけどビジュアルで売ってるのは完全にジョークってわけでもなくて、わたしは実力とビジュアルを兼ね備えてる完璧な存在って意味よ♡」
はいはい。さすがマキさん。天は二物を与えていますねー、と。
「というわけで、初日は首都圏の大きめのところをいくつか回って~。初日は金曜日だから、土日にちょっと地方を回ろうかなと。寒いから南のほう♡」
「寒いからって……そんな決め方あるの」
「だって任されてるんだから何してもいいでしょ♡」
満面の笑みでサムズアップ。
まあそう言われればそうなんだけどさ……。
「それで、この丸がついてる劇場にいくのかな?」
「そうよ~。2/2~4で10か所まわっちゃいま~す」
「けっこう行くね。上映館数の半分だ!」
「上映されるのがほとんど首都圏だからね。映画館同士が近いところは飛ばして、初日5か所。これはわたしと洋子ちゃんだけで回ります」
「とすると、合流するのは土日?」
「そう。カエデとハルちゃんは土曜日からね。名古屋、大阪、広島の3か所。日曜日に大分、福岡の2か所ね」
「土曜日の名古屋で合流なのかな?」
「んにゃ。金曜日の夜に集まって名古屋に前乗りしよう♪ そして土曜日の夜は大分の別府温泉で一泊だにゃ♡」
「なるほど、みんなで騒ごうってことね……」
経費的なやつで豪遊しようとしているな……。もう舞台挨拶よりそっちがメインなんじゃないの?
「旅行楽しみだな~♡」
旅行って言っちゃってるよ……。ボクもちょっと……だいぶ楽しみになってるけど!




