第21話 1つの秘密
平日にペンタグラムとして活動できるのは、アイドル候補メンバーたちのレッスンが終わった後から自宅組が帰宅するまでのわずかな時間だけだ。それ以外は基本的に自主練でなんとかするしかない。
各自のパートは、それぞれバディのパートになるのですでに頭に入っているはず。
あとは個人練習でダンスのキレが増すように努力するべし。
消灯後もこっそりと部屋で、録画した自分たちの振りを確認している。
ちょっとでも時間が惜しいからね。
「かえでくん、ちょっとここの振りを見てくれませんか?」
「どこらへんが気になるの?」
「ここは左右分かれてのシーンだけど、ボクとミラーになるところだね。1、2の半拍目でこう――」
「こうですか?」
「そうじゃなくて、こう」
向かい合って鏡合わせのように踊る。
「ちょっと上半身の動きがわかりづらいので、上着脱いで踊ってもらえませんか?」
「ここ、そんなに難しいかなあ? まあいいけど」
しかたないのでジャージを脱ぐ。中にシャツは着ていないので、上半身はスポブラだけの姿になる。まあ、ほかに誰もいないし、ほんのちょっとしか恥ずかしくはないですけど……。
「腹筋周りの動きを見たいので、ちょっと撮影しますね」
撮影されるのはさすがに恥ずかし……でもまあ、そうも言っていられないか。
「じゃじゃあ、2サビの頭から――」
* * *
「ありがとうございます! よ~~~~くわかりました!」
なぜ踊っていないレイが息を切らしているのか。
前髪の奥に隠れる瞳がちょっと光って見えるのは気のせいだろうか……。
「そう? じゃあレイの動きも撮るから、やってみてくれる?」
「いえ、もう今日は遅いのでそろそろ寝ましょう! 睡眠も大事ですよぅ」
時計を確認するとすでに0時を回っていた。
「ホントだ、今日はもう寝ようか。先シャワーどうぞ」
「時間もないですし、効率重視で一緒に――」
近い近い近い。
あと、お腹をそっと撫でないで。
「遠慮します!」
「何を恥ずかしがることがあるんですか? 女同士ですしもんだいないでしょう」
「そういうのはいいの! ボクは1人で入りたいの!」
そこはさすがに抵抗があるというか、超えてはいけないラインだと思っている。同性として仲良くしてくれているレイをそういう目で見てはいけない……。
自分に言い聞かせてみてふと疑問に思う。
一緒にご飯を食べて、お風呂に入って、体の洗いっこなんかして、同じベッドで寝たりして……。レイの言うように、同性同士ならそういう行為に何か問題があるのだろうか。
はたから見たら何の問題もない、はずだ……。仲の良いルームメイトだね、ってな感じだろう。レイがどんな関係を求めているのかわからないけれど、応えるのもおかしくはないのではないか。
もし、仮に全部抵抗せずに受け入れたとしたら?
逆にレイがボクに対する興味を失いそうな予感がする。
きっと抵抗するボクの反応を楽しんでるんだと思う。ちょっとそういうSっ気みたいなものを感じる。
でもレイは時々本当に驚くほどやさしい時がある。すべてを包み込むようなやさしさ。母性を超えて女神様のように感じることさえある。
ボクはそれに何度も救われているんだ。
つまりあれだ。
言葉にして言ってしまえば、ボクはきっとレイのことが好きなんだと思う。
これが恋愛感情の好きかなんてボクにはわからない。
でも一緒にいると落ち着くし、レイのことを好ましく思っている。
レイはやさしくしてくれるし、包み込んでくれるけれど、自分のことはあまり話したがらない。
普段のレイはどんな人なんだろう。
学校で友達は多いのか。実家ではどんな生活を送っていたのか。
知らないことばかりだ。むしろ何も知らないかもしれない。
そしてボクも自分のことをレイに話してはいない。
推測ばかりのこの状態を話していいものなのかわからない。
もちろんレイのことを信用していないわけではない。
でも、ボクが本当は男だって知ったら、この関係は壊れてしまうだろうか。
きっと今まで通りではいられないだろうな。
それがすごく怖い……。
「ずっと黙ったまま、そんなに怖い顔して、何を考えているんですか?」
レイはボクの頭の上にポンと手を乗せ、ゆっくりと撫でてくれた。
「わからないんだ……」
何を考えたらいいのか、何を言ったらいいのか、考えがまとまらない。
「何がわからないのか、わたしにも教えてくださいよぅ」
「今、すごくしあわせなんだと思う。でもちょっとしたことですべて崩れてなくなってしまう気がして、すごく怖い」
「かえでくんはしあわせなんですね。それならわたしもしあわせですよぅ」
「でもそのしあわせはウソかもしれない。そうだったらどうする?」
「わたしのしあわせは、わたしだけのものなので、ウソなんてないってわたしだけが知っています。それでいいんです」
「レイのしあわせの中に、少しでもボクの存在が入っているとしたら、もしかしたら――」
その先の言葉がうまく紡げない。
「かえでくんがどんな人か、わたしはちゃんと知っていますよぅ」
レイは目を閉じて胸に輝くペンタグラムを握りしめた。
「かえでくんはちいさくて、かわいくて、お肌すべすべで、ダンスがしなやかで、歌う時の声は舌足らずで、すなおで、まっすぐで、一途で、負けず嫌いで、がんばり屋さんで、引っ込み思案で、はずかしがり屋さんで、意外とあまえんぼうで、そして未来をみている人」
レイの瞳が正面からボクをとらえていた。
「ありがとう」
それ以外の言葉も感情も見つからなかった。
何も伝えることができていないのに、こんなにもボクのことを見ていてくれた。存在を認めてくれていた。
ありがとう。
本当に感謝しかない。
「ゆっくりでいいから、1つずつかえでくんのことを教えてください」
「ありがとう」
「かえでくんの秘密を1つ教えてくれたら、わたしも1つだけ秘密を教えてあげますよぅ」
秘密、か。
1つずつ……。
1つずつ話していって、最後まで話し終えた時、はたしてボクの存在は許されているのだろうか。
それでもボクは前へ――。
「じゃあ1つね。本当はボク、めちゃくちゃ怖がりなんだ。部屋を暗くすると寝られないんだけど、ベッドで寝ていると等身大レイ人形がずっと覗き込んできている気がして怖くて、だからガマンして部屋を暗くして寝てる! お願いだからあれ持って帰って……」
「ひどいです……。この流れでそういうことを言うのはひどいと思います。いつになったら抱きしめて寝てくれるのかと思ってずっと待っていたんですよ?」
「人形の話だからね……え、人形の話だよね……?」
「人形の話です」
明らかに目をそらして、首筋から汗が滝のように流れているんですけど……。
「レイ、ボクは1つ秘密を教えました。次はレイの番じゃないの?」
「するいです……。でも約束ですからね。わかりました。告白します。あれは人形だけどただの人形ではないんです」
レイは一度深呼吸し、目を閉じる。
そして、ポケットから星型のヘアピンを2つ取り出すと、長い前髪を左右に分けて耳の横で固定した。
レイがゆっくりと目を開けた。
「レイの瞳。はっきりと見たのは初めてかもしれない……」
「そうですね……これまではわざと前髪で隠したりしていましたから」
「なんでそんなことを? おでこ出していたほうがかわいいよぅ?」
ありゃりゃ。耳まで真っ赤。
ちょっとした小粋なジョークのつもりだったのに。
まあでもね、99割本音だけどね? なんでアイドル候補生のほうに入っていないのかわからないくらい、めちゃくちゃかわいい。正直、推せる。
「今そういうこと言うのはなしですよぅ……感情が抑えられなくなってしまいます……」
紫紺色の瞳が光っていた――。
と、その時、レイを中心に床から天井に向けて、つむじ風のようなものが巻き起こった。
それから一瞬遅れて、空気の振動が放射状にボクの体を通り抜けていった。
ガチャッと、背後で鍵のシリンダーが回る音がする。
反射的に振り返ると、ボクの寝室のドアがゆっくりと開いていくのが見える。
そして、レイ人形が姿を現した。




