第31話 エレベーターホールでの尋問
「あんた誰なんや?」
10階のエレベーターホールで、シオ(本物?)がシオ(ドッペルゲンガー?)を詰める。文字通り、壁に追いやるようにして逃げ場をなくしていく。
「うちはシオやで~」
逃げ場はない。それでもシオ(ドッペルゲンガー?)は笑顔を崩さなかった。むしろ余裕さえ感じる。
あまりにもシオにそっくり。しゃべったり動いたりしなければ見分けがつかないくらい瓜二つだ。レイのコスプレでないとするといったいこれは誰なんだ……。
もしかして、ARとかプロジェクションマッピングの類なのだろうか。
念のため触れて確認してみる。
うーん。人間だ! 肌の質感もあるし、普通に触れば温かい。
「なんやの~。急にそないなところ触ってりして~。やらしいわ~」
「えっ⁉ ちょっと手を触っただけだよね!」
「かえでくん……」
レイまでそんな目で見ないで! ボクは医学的な見地から人間であることの確認をだね? やましい気持ちなんてないよ⁉
「それにしてもそっくりだね……」
「せやな~。自分でも見分けつかへんわ」
そう言ってシオ(本物?)がボクの背中を叩きながら笑う。
まー、やっぱりこっちが本物だな。力強いし、背中痛いし。
「身長はお2人ともまったく同じですね。ただし、こちらのしおりさんのほうがバストサイズは2cm、ヒップサイズが1cm大きく、ウエストが3cm細いです」
「なんちゅーこっちゃ……うちよりスタイルが良いやんか! 偽物のクセに生意気やん!」
なんでそんなことわかるの、とは誰も聞かない。今さらか。きっとシオは何でも知っている。
「ではボクは、こっちのちょっとスタイルの良いシオを連れて帰りますね」
「かえでくん、うちでは飼えませんから放してらっしゃい」
「ちゃんと世話するからー。ボクが絶対1人で世話するからー!」
「お世話って……カエちんのエッチ~♡」
「なんでよ! ちょっとしたジョークじゃん!」
なぜ本物のほうがはずかしがるの⁉ 本物はボクの手に負えないし、連れて帰らないからね⁉
「しっかし、気に食わんな~。うちよりスタイルが良くて、うちより性格が良い偽物なんて反則やで?」
自分で認めちゃったよ……。性格悪いって自覚があったんだ。いや、ちょっと冷静でツッコミが鋭いくらいで、別にそんな言うほど性格が悪いってわけではないと思うけど。
「カエちんはやさしいやんな。惚れてまうやろ~」
「え、ボク何も言ってませんけど⁉」
読心術か⁉
「かえでくん、考えていることが顔に出すぎです」
マジで。それは普通にはずかしい!
「それがカエちんの良いところやんか。うちは好きやで~」
「はいはい、どうせボクは単純でわかりやすいですよー」
AIだからか……そうだよ、これってAIだからじゃないの⁉
「ちゃうで。それはカエちんだからや」
うーん。知ってました……。レイみたいにポーカーフェイスを身に着けよう!
「わたし、そんなにいつも表情硬いですか?」
「え? そんなことはないと思うけど……」
ボクと2人の時はよく笑うし、普通に表情豊かだと思うよ?
「人前だと緊張してしまって、顔がこわばるのです」
まあ、それはわかる。
余所行きの顔っていうか……ボクが見習いたいのはまさにそこだよ!
「わたしはいつでも表情豊かなほうが良いと思います。かえでくんを見習いたいです」
「お互い無い物ねだりだねえ」
レイと顔を見合わせて笑う。
「あんな~。急に2人だけの世界に入るのはやめ~や。今わりと緊迫した場面のはずやで……」
シオ(本物?)が飽きれたようにため息をつく。それに合わせてシオ(ドッペルゲンガー?)も楽しそうにカラカラと笑った。
「これはいよいよ。あれかもしれへんな……」
シオ(本物?)があごに手を当てて険しい表情を見せる。
「あれ、とは?」
「……定期公演爆破予告の犯人や」
「なんだって⁉」
その可能性があったか!
やばい……もしかして今、本物の犯罪者と対峙しているかもしれないんだ!
「その可能性は検討しましたが、おそらくその線は低いと思います」
レイがすぐに否定してくる。
「レイちゃんはなんで違う思うんや?」
「爆破予告を出された方だとした場合、まずしおりさんの変装をする必然性がないからです」
ふむ、なるほどね?
「そして、爆破するのはこのビルではなく、定期公演が行われる会場、東京公会堂のはずです」
「たしかにせやな~。でも、内部の組織の下見かもしれへんやん」
それ一理ある!
「ここまでそっくりに、瓜二つに見えるほど変装できるということは、それだけしおりさんのことをよく調べているか、元から十分な情報を得ているということが推測されます」
まあそうだね。ちょっと似せるというレベルではないくらい完璧にそっくりだ。つまり――。
「それだけの情報を手に入れておきながら、わざわざこのビルに潜入して得るべき新たな情報があるとは思えません」
まあね。ここは秘密結社のアジトでもない、ただの芸能事務所とその関連組織のビルだからね……。
「せやな……うちが考えすぎか」
シオ(本物?)が唸った。
「レイほど分析はできないけど、ボクにもわかることはあるよ。このシオからは悪意を感じないっていうか……悪い人には思えないよ」
たぶん犯人とかそういうのじゃないと思う。
「だったらなんやろな……」
うーん。その答えは誰も持っていない。
3人で唸ってしまう。
シオが謎のドッペルゲンガーのほうに向きなおる。
「ほいじゃ、おまえさんがうち……シオだとしてや。いったいどっから来たんや?」
ドッペルゲンガーはその問いに答えない。
ただニコニコするばかりだ。
その時だった。
ボクの端末が電話の着信を告げる。
あ、やばい。もうマキの舞台始まる――。もしかして怒ってる、のかな。




