第30話 シオとシオ?
ゲリラ雷雨の配信後、急いでシオに連絡を取り、ビルのエントランスで待ち合わせをした。一緒にマキの舞台初日を見に行こうってね。だけど約束の時間に3分遅れてしまった。
「あ、シオー! ごめん、待った?」
シオの姿を見つけたので、大声で呼びかける。やっぱり怒ってるかな……。
「ぜんぜん待っとらんよ~」
シオが笑顔で手を振っている。
あれ? なんか……心なしかいつもより雰囲気が柔らかいぞ。はて?
「シオ? どうしたの元気ない?」
「どしたんや~。うちはいつも通り元気やで~」
元気アピールにダブルピース、だと……?
これはいよいよおかしい……。
「もしかして熱ある? それなら今日は外出しないほうが良いんじゃない?」
おでこに手を当てて熱を測ってみる。が平熱か。ん、なんかむしろ低い……?
「顔が赤いよ⁉ 医務室行こう!」
いよいよまずい。
シオに倒れられたらボクたちはやっていけない!
強引にシオの手を引いてエレベーターホールに向かって歩き出す。
「大丈夫や~。うちは元気やから~」
覇気がないというか、目に元気がないというか……いつもの活力に満ち満ちたシオからは考えられないような柔らかさを感じる……。絶対本調子じゃないよ、これ。
「とりあえず診てもらって、薬もらって休むだけでも違うから。今日は休んで明日元気になるほうが良いよ!」
エレベーターの扉が開く。
帰宅ラッシュの時間だからか、中からスーツ姿の人たちがぞろぞろと下りてきた。空になったエレベーターにボクとシオが乗り込む。
「あれ? カエちん、どしたん? 下北いかへんの?」
エレベーターの外からシオに声をかけられる。
ん?
ボクが手をつないでいるのは……シオ。
エレベーターの外でキョトンとしているのも……シオ。
「ししししししシオが2人いる⁉」
どどどどどどどどどどういうこと⁉
「おや? うちがおるな……ほぅ? これはどういうことやろな?」
にやりと笑い、シオがエレベーターに乗り込んでくる。
ボクとシオとシオの3人を乗せたエレベーターの扉が閉まり、上階へと上がっていく。
え、なにこれ⁉ どういう状況⁉
「……まさかドッペルゲンガー⁉ ボク死ぬの⁉」
いやだ! まだ死にたくないんだ!
「カエちん、おちつきーや。ドッペルゲンガーが出て死ぬんは、ドッペルゲンガーに追いかけられている本人だけや」
「え、ボクは死なない?」
「この場合、どっちかっていうと死ぬのはうちのほうやな」
シオ(ドッペルゲンガー?)の肩を叩きながら、シオ(本物?)が大笑いする。
いや、笑っている場合じゃなくない? 殺されるよ⁉
「しっかし、うまいもんやな~」
「うちがシオやで~」
「いやいや、うちがシオやで~」
シオとシオが自己主張し合う……という感じでもなく、和やかに自己紹介を始める。ああ、もう、なんか頭おかしくなりそう……。
「もしかして、レイ?」
あー、そうだよー。これはレイがコスプレしてふざけてるんだね。ああ、なんだそうか、まったくすぐにボクを驚かせて遊ぼうとしてー。
「うちはシオやで~」
まだマネを続けるの? レイ、もうバレてるからね。さすがにこの状況なら、ちょっと冷静になればボクにだって真実は見抜けるさ。なんて言ったって、メイカエレイ探偵団の一員だからねっ。
(かえでくん、どうしましたか?)
レイー。わざわざ念話で話しかけてきたりしてー。シオのコスプレして驚かそうとしたりしないでよー。ホントびっくりしたよ。
(なんのことですか? わたしはもうマキさんの楽屋に挨拶を済ませましたよ。かえでくんも早く移動しないと遅れますよ)
なん、だと……。これは、レイ……じゃない……だと⁉
じゃあいったい……。
「カエちんはレイと話しとるんか~。頭にキンキン響いてきてかなわんで~」
え……このドッペルゲンガー、ボクたちの念話をキャッチしている、のか。
レイ、やばい。緊急事態かもしれない……。
(すみません。舞台が楽しみすぎて、かえでくんのことがおろそかになっていました。すぐに向かいます)
すぐ来て! 助けて!
「それで、うちに変装なんかして、あんた誰なんや?」
それまでの和やかムードから一転、シオ(本物?)がドスの利いた声を出して迫る。鋭い視線が容赦なくシオ(ドッペルゲンガー?)に突き刺さる。
と、エレベーターの扉が開く。
10階。医務室を含む執務室がある階に着いたようだ。
「かえでくん。おまたせしました」
もこもこのパジャマを着たレイがエレベーターの前に立っていた。パジャマというよりもはや着ぐるみ。レイはパンダの耳がついたフードをかぶっていた。
かわいいけど、この空気! TPO!
「おや、レイちゃんやないか。カエちんのお出迎えかな?」
シオ(本物?)が軽く手を上げて空気読めないパンダ、KYPに挨拶をする。
「レイちゃんや~。元気しとった~?」
シオ(ドッペルゲンガー?)がワンテンポ遅れてはんなり挨拶をする。
やはり明らかに雰囲気が異なる……。
「無事、のようですね。良かったです」
パンダが胸をなでおろしている。シュールな光景だ。
「とりあえず降りよか」
シオ(本物?)の号令に従って、ボクたちはエレベーターから出る。「チン」という機械音とともにエレベーターの扉が閉まり、無人のまま上階へと上がっていった。
「さてと。あんた誰なんや?」
尋問の続きが始まる。




