第27話 アイドルに求めるもの
「ハルちゃんはもっと悪い子になったほうが良いよ!」
つい余計なことを言ってしまった……。予定のシナリオにないぞ……。
「悪い子に、ですか?」
「そうだよ。悪い子……エゴイストと言っても良いかもしれないね」
そうだ、ハルルはもっと自分のことを優先しても良い。
自分が売れるために多少は他人を踏み台にしたりするくらいはしても良いんじゃないかな。
「エゴイストですか……」
と、ようやく飲み物が運ばれてくる。
ハルルの前にメロンソーダ。ボクの前にアイスティーが置かれた。ハルルは喉が渇いていたのか、すぐにストローを挿して口に運んだ。
「私、みんなほどかわいくないし個性もないから、どうしても前に出ようって気持ちにはならなくて……。ファンの方たちも他のみんなを見に来てるんだと思いますし」
目を伏せる。
謙遜ではなく本気でそう思っているのか……。
「私って良くも悪くも普通なんですよ。だからバランサーとしては自信あるんですよ! あ、これってエゴイズムですか?」
得意げに笑う。でもどこか少し影を感じる。
「それはエゴイズムとは違うと思うよ。だけど、SNSのフォロワー数はハルちゃんが一番多いんだよね? それだけファンの人たちから支持されてるってことじゃないの?」
グループ内で一番人気。
それが世間の評価なのだ。
「それは違うと思うんですよ。私はリーダーというポジションだから、私個人を推してくれるというよりは、≪The Beginning of Summer≫を推してくれる人たちがいてくれて、それが私のフォロワーさんになっているんだと思います」
たしかにそういう側面はなくはないと思う。リーダーの色でグループは決まる。ハルルが≪初夏≫であり、グループの顔であるのは間違いない。
「でもそれがすべてではないと思うよ。ハルちゃんのことが好き。だからグループのことも好き。そういう人は多いんじゃないかな」
逆説的に考える。
ハルルのことが好きだから≪初夏≫に興味を持つ。それは他のメンバーにも言えることだけどね。
個人を推す。その個人が所属しているグループも推す。そして好きになる。これは普通にあることだと思う。ボクもこっちのタイプだったから。
「そう考えると少し勇気が湧いてきますね。私のことを好きだって言ってくれる人もいるんだな~って」
照れ笑いを浮かべる。
愛想笑いではなく、心の底から「そんなこともあるんだ」って喜びがあふれている。
「ハルちゃんその顔だよ」
「その顔?」
キョトンとした表情でボクを見つめてくる。
「キミの魅力さ。素直に感情を表現できるところ」
「素直に、ですか?」
「うれしい時はうれしい。悲しい時は悲しい。つらい時はつらいし、怒っている時は本気で怒る。駆け引きなしに素が見せられる。それは本当に難しいことなんだ」
人は自分をよく見せようとして、どうしても良い自分というものを演じてしまうものなんだ。ハルルにはそれがあまりない。だから見ていて飽きないし、共感できるんだと思う。
「ガマンできてなくて、自分では子供っぽいなって思ってるんですけど……」
ハルルは居心地悪そうに髪の毛をいじる。
「子供で良いじゃない。みんなが見たいのは完成された大人な女性じゃないよ。未完成なありのままのキミを見たいんだ。これから成長していく、ステキな大人になっていく過程を応援したいのさ」
それこそがアイドル。
才能に溢れ、可能性に溢れた素材を見つけたい。角があって荒々しい素材が、少しずつ磨かれていく。眩い光を見せたかと思えば、暗い闇も覗かせる。その危うさにこそ人は心を動かされるのだと思う。
『成長』
その一言の中に内包されるドロドロした何か。
やり直しの利く育成ゲームじゃない。
たった一度きりの人の成長を見守り、応援する。
自分だけが見つけた彼女の輝き。
それをこっそり見つめていたい気持ちと、多くの人に見つかってほしい気持ち。
その矛盾。
恋じゃない。でも、心の底から愛している。
「そろそろ時間ですね!」
「もうそんな時間かあ。楽しすぎてあっという間に時間が過ぎちゃったね」
薬の効果時間は残り15分。
安全マージンを取って、あと5分程度で退散しないといけない。
「歌! 聞いてもらおうと思ってたのに!」
「残念だけどもういかないと。また今度日本に来た時に聞かせてくれる? それまでは公式の動画でガマンしておくよ」
「はい! ぜひ! たくさん練習しておきます!」
ガッツポーズを見せる。ハルルのたくさん、はホントにたくさんだからなあ。ケガしないようにほどほどにしてほしいものだけど。
「あ、連絡先交換してもらえりしますか?」
ハルルが端末を取り出し、遠慮がちにこちらを見てくる。
「もちろん。せっかくの出会いを大切にしたい」
このシチュエーションは想定通り。
シオに別アカウントを用意してもらっていて、今はそっちでログイン済み。抜かりない。
「これ、ワタシのID」
端末の画面にバーコードを映し出して共有する。
「……そっか。はい、ありがとうございます! こっちからメッセージ送りますね。届きましたか?」
「OK。届いた。これでいつでも連絡取れるね」
「……そう、ですね。ウザがられない程度に連絡しますね!」
ハルルは一瞬目を伏せた後、いつもの元気なハルルに戻った。
違和感。
今何かあった?
「いつでも歓迎だよ。仕事中以外は反応できると思うよ」
ボクは少しおおげさに笑った。
「じゃあそろそろ行くね。今日はありがとう。とっても楽しかったよ」
「こちらこそフライトの前に無理言ってしまって」
「こんなかわいい子の頼み事を聞けないわけないじゃない。むしろ大歓迎だったよ」
キメの大人ウィンク。
……練習通りできたかな? 100万回……は言い過ぎだけど、テイク100はやらされた。ぶっちゃけここに一番時間をかけたかもしれない!
「お店出ましょう。急がないと!」
ハルルが苦笑しながら立ち上がる。
あれ……おかしいな。
ボクのシミュレーションによると、ここで「好き。抱いて!」くらいのイメージだったのにな……。
「じゃあホントにここで。またね!」
「ありがとうございました!」
1階ロビー。
人の往来でざわつく中、ハルルと別れる。
深々とお辞儀をしたハルルを背に、ボクは一度ビルを出た。
そのまま足早に学園のビルへと向かう。そこでレイとメイメイが待っている手筈になっている。
メッセージの着信。
ハルルからだ。でも、ボクのIDのほうへのメッセージだった。
『ありがと』
たった4文字。
ダーリングさんへのメッセージの送り間違い、かな?
「何のこと? 誰かと間違って送っちゃってない?」っと。
ハルルに返信する。
すぐにハルルからの返信がくる。
『そうかも。でもありがとね』
なんのこっちゃ?
無事、レイとメイメイと合流し、薬の効果切れの対応をしてもらう。
レイに「今日の首尾はどうでしたか」と尋ねられたが、演技がうまくできたかという意味なら、「よくわからない」と答えるしかなかった。
全体的にハルルは満足してくれたようにも見えた。
だからそれで良いのかなとも思う。
薬の効果が切れて、元のボクに戻る。
何事もなくその日は過ぎていった。
そして翌日になっても、ダーリングさんのIDにハルルからのメッセージが届くことはなかった。




