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第26話 ハルルとダーリングさんのデート

「ごめんなさい! 遅く……なっちゃいましたっ!」


 ハルルが膝に手を当てて息を切らしている。


「まだ約束の時間の3分も前だよ。ほら、そこに腰掛けて一度呼吸を整えなよ」


 ボクは2階エレベーターホール横のベンチを指さした。


「ホント大丈夫ですから。鍛えてるので!」


 ハルルはそう言うと、一度大きく深呼吸してから起き上がる。もう呼吸が整っていた。なかなかやるね。


「そうかい? ではラウンジに行こうか」


 そっとハルルの腰に手を当てて、エレベーターホールから歩き出す。ハルルの顔が朱に染まるのを確認。ししょー、これで合っていそうです! 距離の近い執事があれやこれやしてくる怪しい映像で勉強した成果が出ました! 参考資料ありがとうございました!



 今日はハルルとダーリン……じゃなくて、ダーリングさんのデートの約束の日でもあり、お別れの日でもある。つまりボクは≪REJU_b≫を服用した状態でハルルとデートをしているってわけだ。

 事前にマキししょーの特訓通り、アメリカの研究員ダーリン(20)を熱演中。


「今日はステキなお召し物ですね」


「そ、そうかい? 研究室からそのまま来てしまったから、シャツに白衣ですまないね」


「そんなとんでもないです! 私のためにお時間をいただいてしまって。普段着が……とってもステキですっ!」


 ハルルはポニーテールが鞭のようにブンブン揺れるくらい首を振って否定する。ちょっと声のボリューム抑えようか。周りの人がみんな見てるよ。目立ちたくないんだ……とは言えない。


「ハルちゃん……も、とってもかわいいね」


 少しだけ腰を抱き寄せて、ハルルの瞳を見つめる。


「え、ぁ、ぅ……そんな……こと……」


 ハルルは一瞬だけ上目遣いにボクと目を合わせた後、すぐに視線を外して下を向いてしまう。耳から始まり、顔全体が朱から赤に変わっていく。そこでハルルの思考回路がショートしたのか、床の一点を見つめたまま立ち尽くしてしまった。

 うむ。やっぱりハルルはかわいいな。


「そのスカートどこのブランド? ボ、ワタシもそれほしいな」


「あ、服! 服が! 服ですよね! アハハ、私ったら! これは駅前のアンテナショップで一目惚れしたんですけど――」


 良かった。ハルルの意識が帰ってきた。

 まあ、立ち話もなんだから、ラウンジに向かおうか。



* * *


「アイドルって普段どんなことしてるの? 歌の練習かな?」


 飲み物を注文したところで、ボクが話を切り出す。

 ちなみにハルルが飲み物を選ぶだけで15分かかったということを特記しておこうと思う。どうやら大人っぽさを演出してコーヒーを頼むか、無難に紅茶にするか、それともどうしても飲みたいメロンソーダにするか、脳内決議がまとまらなかったらしい。

 100面相を眺めているだけであっという間に時間が過ぎてしまった。ボクは一向にかまわないんだけど、フライトの時間がある、という設定なのでデートの期限は刻一刻と迫っているわけで。


「そうですね。歌の練習とダンスの練習がメインです。どっちかというとダンスのほうが時間的には長いかもしれないです」


「やっぱり覚えるの大変?」


「振り付けはそこまで難しいものではないのでそんなには。でも、納得のいく表現に近づけるために時間をかけています」


「納得のいく表現かあ。他の子とのフォーメーションのあわせみたいな?」


「それもありますけど、どちらかというと私個人の、ですね。歌詞の意味や曲全体のテーマを表現できているかということを常に意識しています」


「それはすばらしいことだね。クラシック音楽みたいだ」


「まさにそれです。私の……尊敬する人がそういうやり方をしていたので憧れて真似ている感じです」


 ハルルが照れ笑いを浮かべる。


「へぇ……ハルちゃんの尊敬する人かあ。会ってみたいな」


 なんてね。

 ボクの顔、もしかして赤い? 大丈夫?

 目の前で自分のことを褒めちぎられると、さすがに演技の仮面がはがれてしまうんですけど。ボクはダーリング(20)しっかりしろ!


「会ってほしいです! きっと私なんかよりもその人のほうがダーリングさんと話が合いそう……」


 そう言って、ハルルはコップの水を一気にあおった。氷をガリガリ奥歯で削る音がする。

 それは何の感情なの? 嫉妬? 誰……どっちに?


「また日本を訪れる機会があったらぜひお願いしたいな」


「そう……ですね。フライトは17時でしたっけ?」


「そうだね。あと1時間ほどでこの町ともお別れだ」


「もっとお話ししたかったです……」


 空のコップを持ち上げてから、再びそっとテーブルに戻す。


「今話そうよ。まだ時間はたっぷりある!」


「そうですね! いきなり雰囲気暗くしてごめんなさい!」


「No problem. ボ、ワタシはハルちゃんと話せてとっても楽しいよ!」


「そ、そんな……。私引っ込み思案で会話がうまくなくて……」


「そうなの? ライブの時はいつもMCまわしてるってマリから聞いたよ! 軽快なトークで観客を湧かしてるって」


「麻里さんったら……。それは話を盛ってるんですよ~。いっつもいっぱいいっぱいで、頭が真っ白になりながらやってますから……」


 そんなそんな、と手とポニーテールがブンブン揺れる。


「ハルちゃんはかわいいね」


 まっすぐで真剣で、周りに気を遣って、本当に良い子だ。


「そんな、私なんて……」


「そう、ハルちゃんはとっても良い子だ。でも、謙遜してばかりいるのは良くないんじゃない? もっと悪い子になろうよ!」


 ああ、やっちゃった……。

 ダーリングさんじゃなくて、ボクの願望がつい口から出てしまった。

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