第25話 研究員ってどんな仕事?
ボクとメイメイは、マキの家にお邪魔していた。
「君たちはまたおもしろいことを始めてるね~」
ええ、はい、いつもトラブルばかりでございます。
「な~んか、経緯がしっくりこないんだけど、ま、いっか。演技の指導をしてほしいってことなんだよね?」
「そうでございます。マイベストフレンドししょー」
当然のことながら、マキには≪REJU_b≫で体が大きくなることは言えない。なのでお芝居の設定ということにして演技指導を頼んでいるのだ。
「もう12月だしそういうこともあるか~」
マキはキッチンで紅茶を淹れつつ、1人頷いていた。
よくわからないけれど、なんとなく納得してくれたみたいだ。ウソついてごめんね。
「メイメイちゃんは自主練ちゃんとしてるか~?」
思い出したようにメイメイに声をかける。
「もちろんです~。腹式呼吸も腹筋もバキバキに鍛えてますよ~」
メイメイが服をめくってお腹を見せる。
腹筋バキバキ……には見えないね。どっちかっていうと、ぽにょぽにょ? マシュマロ?
「発声練習!」
「アイウエオ、イウエオア、ウエオアイ、エオアイウ――」
マキの掛け声に合わせて、メイメイが背筋をピンと伸ばして発声を始める。舞台ってすごいなあ。なんかプロの練習みたい。
「さ~、紅茶だよ~。飲みながら作戦会議をしよう」
マキが紅茶とクッキーをテーブルに並べてくれる。ちなみにまだメイメイは発声練習を続けている。
「ありがとう! いただきまーす」
あ~、良い香り。アップルティーの甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「ジャム入れるかい?」
マキがリンゴジャムの小瓶と金色の小さなスプーンを振って見せてくる。
「へぇー、ジャム入れるんだ?」
「追いリンゴってわけさ。おいしいよ♡」
「じゃあおねがいします!」
おすすめには乗っかってみる。
マキがにこりと笑い、リンゴジャムを2さじ、アップルティーの中に落としてくれた。
「最初は混ぜずに飲んでみて~。少し経ったら全部溶かして飲むとおいしいよ♡」
ほほー。そういう飲み方が。
言われたとおりにまずはそのまま一口。
おおー、ちょっとリンゴの香りが強くなってる。ジャムを入れたのに甘味じゃなくて酸味が増した感じ。不思議ー。
「うん、すごくおいしいね」
「でしょ~♡ 次は混ぜてみて」
スプーンでかき混ぜて一口。
「おー、なるほど。はいはい、いいね、これ」
「単に砂糖を入れるよりいいでしょ~。甘さと酸っぱさが交じり合って~」
「これはハマりそう!」
「よきよき♡ メイメイちゃんも休んでお飲み」
「は~い!」
ようやくししょーのお許しが出て、メイメイが発声練習をやめる。
テーブルに着いて座るなり、手を伸ばしたのは紅茶ではなくクッキー。しかも両手に1つずつ。メイメイらしいけど。
「じゃあ本題だけど。まだ台本はないんだよね?」
「それは今レイが用意してくれていてー」
実際は台本というか、舞台のセッティングとだいたい予想される流れみたいな下準備になるとは思うけどね。
「役作りは台本を読み込みながらやったほうが確実なんだけど、それがかなわない時は設定を理解するところから始めよっか」
なるほど、設定を理解ね。
「舞台は現代、そして日本だからここは問題なさそう。特に意識する必要はなし」
自分に近い場合はあえて意識しない、と。
「帰国子女で20歳の設定だっけ?」
「えーっと、正確には日本人だけどアメリカ勤務の研究員20歳だね」
「そっか。それは何の研究?」
まさかの質問。
なんとなく麻里さんの部下かなーとは思っていたけれど、そこまで深く考えていなかった。
「さ、さあ? メイメイ知ってる?」
「わからないです~。レイちゃんに聞かないと~」
「研究と一口に言っても、いろいろあるからね。薬品を扱うのか、生き物を扱うのか、外仕事が多いのか、内勤が多いのか。そういう背景はしっかりと理解したほうがいい」
「それはどうして?」
「1つ1つの動作が変わる。たとえば薬品の調合などをしている研究員だったとして、紅茶を飲む仕草にもそれは現れるよ。薬品を慎重に扱う仕事をしているのに砂糖をこぼすことはありえないだろうし、スプーンの使い方も独特なものになるはずだ。もしわたしがその役をやるなら、そのあたりの取材を入れたいところだよ」
「うへぇ、マジかあ。めっちゃ奥が深い……」
「飲食の際は、その人の職業がもろに出るからね。何を選んで食べるか、その食べる順番や仕草だけである程度職業は絞り込めるよ」
「年齢が上なら単にマナーを良くすればいいのかと思ってたよ……」
「カエデは認識が甘いな~。そんなんじゃ良い役者にはなれないぞ」
「ししょー、勉強になります~」
メイメイがいつの間にかメモを取っていた。勉強熱心でえらい!
「メイメイちゃんの次の舞台は、等身大でいいからね。わたしの妹役だし、ベタベタに甘やかしてあげるから、いつもとおんなじでいいよん♡」
「マキお姉ちゃん大好き~♡」
メイメイがマキの肩にしなだれかかる。マキもうれしそうにメイメイの頭を撫でている。
なんか疎外感……。くぅん。
「というわけだ。カエデはまず役の情報集めをがんばろうか。それが済んだら、普段からその役の人ならどんな行動をとるか、フリーで演技をし続ける」
「わかったよ! やってみる! マキ、ありがとね」
「はいよ~。じゃ、演技指導代はスイス銀行のいつもの口座に振り込んでおいてね~♡」
「……請求書ください」
経費で落ちるかな……?
ボクは少し冷めたアップルティーを一気に飲み干した。