第20話 マネージャー全員、緊急招集!
会議室につくと、すでに花さん、シオ、ウタが待っていた。とくに花さんはオフィスチェアに腰掛けたまま、渋い顔をしている。いや、渋いどころじゃない。激渋だ。渋柿を食べたような顔……食べたことないからわかんないけど、たぶんそんな顔。
「『定期公演を中止しないと会場に爆弾を仕掛ける』という主旨の犯行声明文が届いたのよ」
なんだって⁉
「犯行予告⁉」
「ええ、まぎれもなく犯行予告ね。この話は他言無用で。この中で閉じておいてちょうだい」
花さんが念押しして口止めをしてくる。
つまり、アイドルのみんなにはまだ伝えるな、ということですか。
「ちょっと予想外やったな~。まだそんな輩が集まるほどの人気はないやろ~」
シオがイスをリクライニングにして体を揺らす。
「シオ……それは今関係ないんじゃ……」
そりゃね? ちょっと、ボクだって一瞬、ちらりとその考えは浮かびましたよ? でも口に出すことないじゃん! 犯行予告って有名税的みたいなところあるから≪初夏≫が払うようなものじゃないなんて言わなくても良いじゃん⁉ 悲しくなるじゃん⁉
「かえでくん、しおりさんはそこまでひどく言っていないです……」
え、同じこと言ってるじゃない⁉
「楓、少し黙っていてくれない? あなたの顔を見るとイライラが止まらないわ」
ウタが机を叩く。
「え……そんな……さっき良い感じに和解しなかったっけ⁉」
「良いから黙って!」
「はい……」
理不尽だよぉ……。ウタひどい。小さくなってないとボクには人権ないの? あれ? ボクに人権ってあったっけ? 法律上の人権……あるのか? ある、よね? この時代のボクって生きてる? 死んでる? 存在してる? してない?
ああっ、もうなにもわからない!
(かえでくん、落ち着いてください。それは今ここで考えても結論が出ない話です)
正論ね! 役所かなんか行って調べないとわかんないもんね! そもそもマイナンバーカードとか持ってないけど⁉
「とにかく! この件についてどう対処するかは、上の判断に委ねることになります」
花さんが机に手をつきながら立ち上がる。腰を叩いて背伸びをした。
「今のところ、現状の共有だけよ。定期公演の準備は予定通り進めること、良いわね」
「それは……最悪、公演自体が中止になることもありえる、ということでしょうか……」
都が慎重に言葉を選びながら、といった感じで尋ねる。
「もちろんその可能性はあるわね……。1月だけスキップになるのか、順延になるのか、1年間の予定自体白紙になるのか、どう判断が下るかは見当もつかないわ」
腰を伸ばし終わった花さんが、再びイスに座り直す。
上の判断かあ。何を軸に決定しているのか、たまにわからなくなることがある。そもそも上層部とはどんな組織なのか、名前はおろか組織構成すら知らされていない。花さんと違って、ボクたちは社員ってわけじゃないからそういうものなのかもしれないけどモヤモヤする……。
「ま~幸いなのは、定期公演までまだ時間があるっちゅ~こっちゃな」
「それはどういうことかしら?」
シオの言葉に都が反応する。
「こちらにも犯人のことを調べる時間がある、ということね」
ウタが淡々と補足する。
なるほどね。たしかにそうだ。
仮に定期公演の直前に犯行予告が出されたとしたなら、念のため、安全を優先して開催を中止するという判断がもっとも正しいだろう。でも、開催予定まで1カ月もある現在なら、他の選択肢も十分に現実感がある。犯行声明の意図、目的、そして犯人の人物像を探り当てることだってできるのだ。
本気なのか愉快犯なのか、関係者か部外者か……。
「みんなはどう思う? なんでこんな犯行予告なんてしてきたんだろう」
ボクが尋ねると、シオが無言のまま席を立ち、ホワイトボードの前に陣取る。
『緊急企画! 定期公演中止を求める犯行予告について考えよう』
いや、うん……企画会議ではないんだけどね……。とりあえず可能性を検討する雑談的な。まあ良いか。
「わたしは愉快犯の線が有力だと思います」
真っ先にレイが答える。
わりと自信を持っていそうだ。
「それはなんで? 理由を聞いても良いかな?」
「映画の出演の話もありますし、≪初夏≫の知名度は少しずつ上がっていると思います。ですが、今のところ、メンバーに対してのストーキングなど、直接的な被害は出ていません。そのことから、怨恨の線は薄いと考えました」
論理的だ!
たしかにストーカーが出たという話は聞いてないね。
「今の活動状況だと、ストーカー被害はでにくいと思うわよ」
都が手を挙げながら発言する。
「それはなんで?」
やっぱり≪初夏≫はそこまで人気がないから?
「簡単な話よ。全員、関連グループの敷地内に住んでいるもの」
あ。
たしかにぃ!
「メイメイ、ハルル、ウーミーは寮住まいで、サクにゃんとナギチは病院のビルのほうに住んでるんだっけか」
全員学校も職場も私有地の中にある。つまり普段ほとんど私有地から出ることがないから、ストーキングされることもあり得ないってことね。それは盲点だった。なんてすばらしいセキュリティ体制なの!
「100%安全とは言えないけれど、公共交通機関の利用がないとなると、かなり安全性は高いわよね」
「そうなると、やっぱり愉快犯の線が濃そうなのかな?」
だったら定期公演はそのまま開催しても被害は出ない可能性が高い、と。
ちょっと安心できそうな材料が出てきたね。
「私はそうは思わないわ。このまま開催したら、多かれ少なかれ何かしらの被害が出ると思うわよ」
ウタがぼそりとつぶやく。
それは……穏やかじゃないね。
理由を聞こうか。