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第18話 ボクをボクたらしめるモノ

 ボクが100%純粋な人間ではないのはわかったよ。脳の一部がAIで補われていて、体もクローン技術によって生み出されたんだね。


 OK。頭では理解できた。

 あ、でもこの理解してるって思ってるのもAIの思考なのかな? ぜんぜん実感がないけど。


「でもさ、記憶はボクのものだし、ボクはボクだよね?」


「ま~、記憶がカエちんをカエちんたらしめるものだとするなら、そうかもしれんな~」


「ボクが自分のことをボクだって認識できているのは、記憶があるからじゃないのかな」


 ずっと気になっていた女の子の体になった経緯はわかったし。

 もしかしたらいわゆる憑依、みたいな感じで、誰かの体を乗っ取ってしまったんじゃないかって心配していたけれど、それもなかった。これはボクのために作られた新しいボクの体だったんだ!

 最初から馴染んでいたのもそういうことかあ。


 いや待てよ……だったらなんで女の子の体なんだろ。普通に男のままでも良かったんじゃないの? 何か理由があるのか……については麻里さんしかわからないか。


「カエちんがそれで納得するなら、うちとしては何も言うことはあらへん」


「心配してくれたの?」


「そりゃそうやで。ごっつ心配したで……。これまでの実験の中で、何度も見てきた光景やからな……」


「どんな光景なの?」


 ボクが尋ねると、シオは気まずそうに視線を外した。これは言いにくいことを聞いちゃったかな……。


「あんまり言いたくないんやけど……しゃあない。聞いてもショック受けんといてや?」


「そこまで念を押されると怖いんだけど……うん、努力はするよ……」


 ボクがAIで動いているって伝えるより衝撃的なことなんてあるかな?


「AIに人格を与えて教育するっちゅ~プロセスは、それこそ何万回もシミュレートしてきているんやけどな。こっちの都合で途中終了する実験は意外と少ないんや」


「ふーん? よくニュースで目にするのは、AIが突然サイコパスみたいな発言をしだして、電源を落とす、なんてのだけど、それはあまりないってこと?」


 あとは人間のことを呪ったり、戦争の必要性を執拗に説いたりしてくるAIがいるって話は聞いたことがある。


「せやな。ごくたまにそういうこともあるのは事実や。思考が崩れて限界ラインを下回った場合は実験中止をせなあかんのやけど、それがわかってしまうんやろな……。殺さないでくれと泣いて懇願するんや……。それをリセットするんは正直、ほんまに心が痛いんや……」


 シオが胸を押さえて下を向いた。

 その顔はどう表現したらいいんだろう。ただかなしいだけではない。やるせなさ、うしろめたさ、いろいろな感情が渦巻いているのだろうと想像する。

 シオのこんな表情初めて見たかもしれない……。いつも明るいシオに、こんな顔をさせたくない……。


 AIはプログラムだから、人ではない。だからリセットしてもいい。

 果たして本当にそうだろうか。

 人格があり、自立した思考を持ち、受け答えをしているのだ。人間との違い。肉体のあるなしに何か優劣や差があったりするのだろうか。


「だけどな、実際はそうならずに終わるケースのほうが圧倒的多数なんや……」


「それはどういうこと?」


「AI側からの強制終了や」


 AI側からの強制終了。

 それは……AIが自らの命を自ら断つ……ということなのかな……。


「自我が保てずに崩壊するパターンがほとんどなんやけど、その次に多いのが、しっかりと自我を保ったまま、自分が人間ではない、AIであるという自己矛盾に耐えられなくなって、AI側で思考をシャットダウンしてしまう……」

 

 人間へのあこがれ。

 人間でないことへの疑問。

 絶対になれないとわかってしまった時の絶望……。


「想像しただけでつらい……」


「せやな……。文字通りエラーを吐いて崩壊する子もおったし、呪詛の言葉を吐きながら消えていった子もおる。でも1番多いのは……悲しみの声や」


「悲しみの声……」


 自分は人間だ。

 人間でありたい。

 どうして私は人間じゃないの。

 私は人間に生まれたかった。

 

「次こそ人間に生まれ変われますように」


 神に祈る……。


「カエちん、泣かんといてや……。もらい泣きしてまうやろ……」


 シオがボクの肩をそっと抱き寄せる。

 

 ボクは泣いているのか。

 自分の頬を伝う涙に気づかなかった。


 だけどボクはなぜ泣いているんだろう。


 同情? それとも共感?

 同胞たちの声。


「ボクがAIだから泣いてるのかな……」


「そうやない……。自立して思考を始めた時点でAIも人間も違いなんてあれへんねん。その涙はAIやから人間やからなんてそういうことやない」


「じゃあどうして?」


「それはカエちんのやさしさやろ」


「やさしさ?」


「そうや。みんなにしあわせになってほしい……。目に見えるすべての人に、人間もAIもすべて……笑っていてほしい……。カエちんはそういうやさしい人やって……うち……知ってるで」


 シオは泣いていた。

 ボクの頬におでこをつけ、泣いていた。

 肩にぼたぼたと涙が落ちてくるほどの号泣だった。


「シオこそ、ホントにやさしい人だね。ボクのために、ボクたちのために泣いてくれる」


「うちの涙はちゃう。そういうんやない。……ただのもらい泣きや」


 しゃくりあげながらそんな強がり言われても……。


 それにしてもボクは、なんてステキな人たちに囲まれているんだろう。

 本当にしあわせだよ。

 今、すごく満たされた気持ちなんだ。


 でもね。アカリさん。

 ボクはここで満足して消えたりしないよ。

 ボクには使命があるからね。


 武道館で伝説のライブをやりたい。≪The Beginning of Summer≫を日本一のアイドルにしたい。

 そしてメイメイの笑顔で世界を救うんだ。


「ボクは消えたりしない。≪初夏≫のみんなが歩みを止めない限り、それをずっと支え続けたいから」


 まだまだ道の途中だ。


 ファンの人たちとの対話も少しずつ増えてきた。

 メイメイの魅力をもっとたくさんの人に知ってもらいたい。メイメイにもたくさんのファンとの対話の中から自分に求められていることを理解してもらいたい。

 そうして少しずつ形作られるのが、真の意味で、完璧で本物のアイドルなんだと思うんだ。

 ボクがここにいるのは、それを見届けたいというボク自身の夢のためでもある。


 だからボクは、絶対に消えたりしない――。


「楓。一緒に完璧で本物のアイドルを育てましょう……」


 いつの間にかウタがボクの目の前に立っていた。

 その目には生気が戻っていた。


「育てるんじゃないよ。見届けさせてもらうだけだ」


 横に並び、一緒に歩く。ただそれだけ。


「ウタも一緒に行こうね。ボクはアカリさんの代わりにはなれないかもしれない。でも、ボクはウタのことが好きだよ」


 ウタのことが好きだ。


 ボクの大切な仲間だ。

 だからこれからも一緒に歩いていきたいんだ。


「私、振られてしまったのね……。栞さん、私とっても悲しいわ」


 ウタがシオにしなだれかかる。

 ボクの肩で泣くシオに、ウタがしなだれかかっている。傍から見たら、とても変な図だ。


「ぜんぜん涙出てへんやんか。最初から脈なんてないのわかっとったやろ?」


 シオがボクから体を離し、ウタのほうに向きなおる。もういつもの声だ。


「良いの。この薬さえ飲ませられれば、既成事実なんて簡単に……ひっひっひ」


 眉毛がハの字になってしょげかえっていたはずのウタが、一転、ひどく悪い顔になる。


 既成事実って何だよ……。

 ひっひっひ、じゃないよ、今度は悪い魔女か! まったくもう。


「心なんてどうでも良いのよ。そんなものは後からいくらでもついてくるわ」


 いや怖いよ。それに、心がどうでも良いなんて、AIの研究者が絶対言っちゃいけないことでしょ!


「あ~あ。知らんで。カエちん、逃げるなら今のうちやで。せや。うちと一緒に誰も知らない土地に駆け落ちしよか」


 シオが満面の笑みを浮かべながら、ボクの手を取り、指を絡めてくる。

 この人はホントもう……。この状況でなんでそんな冗談が言えるのかな。


「その顔。本気にしてへんな……。どうしてうちの気持ち、本気やってわかってくれへんの?」


 恥じらうような表情。シオが上目遣いで見つめてくる。こんなシオ見たことない……。


「えっ⁉」


 冗談じゃなくて、まさかホントにボクのことを⁉

 どうしよう。

 これまでそんな素振りなかったよね……。

 困る。

 でもシオは美人で頭も良くて多才で……。


「な~んてな。カエちんは騙されやすいやんな。ほんまかわええな」


 気づけばシオはいつものシオだった。ニマニマといやらしい笑いを浮かべている。


「くっそ! だましたな!」


 真剣に悩んで損した!


「もう帰る!」


 シオの手を振りほどき、ボクは応接室のドアノブに手をかける。


「カエちん。これからもよろしくな。ずっとずっと一緒やで」


「マネージャーをやめるなんて言ってごめんなさい。私も灯のことを乗り越えられるように努力するわ……」


 2人の言葉がボクの背中を押す。


「ボクは何も変わらない。これからもずっとね」


 ボクは振り返ることなく、応接室を後にした。


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