第16話 ボク、吸血鬼になっちゃうの⁉
「シオー、シオー!」
笑ってないで助けてよー!
痛っ! 吸血鬼にぃ、血! 血ぃぃ吸われてるぅぅぅ!
「誰かー! レイー! レイ―!」
助けてー!
「まぁまぁ、とって食われたりはせぇへんし、落ち着き~いや」
「食われてる! 食われてるから! 吸われてる!」
今まさに捕食されてますからっ!
「それにいくら呼んでもレイちゃんはこ~へんで」
「なんで⁉」
「そういう約束や。この件はうちに任してもらう」
レイに見捨てられた……。
うぅ、誰も助けてくれないの……。
「ほらウタちゃん。そろそろ補給できたやろ? カエちんのこと拭くからこっち渡し」
まだウタはボクの耳元ではぁはぁ言っていますよ……。ヘルプミー!
苦笑しながらシオが近づいてきて、吸血鬼からボクを救い出すように抱き上げた。
助かった……。
「ああっ! まだ!」
名残り惜しそうにウタがボクの人差し指にしゃぶりつく。
その上気した顔は、いつもにも増して色気があふれ出ていた。
吸血鬼って血を吸うと発情するの……?
「ほれ、もうしまいやで」
そう言ってシオがボクのことをソファーに座らせる。
箱からウェットティッシュを何枚も取り出すと、ていねいにボクの顔をぬぐってくれる。
拭かれた箇所は、スースーすることはなかったけれど、ひんやりとして気持ちいい。
「ノンアルコールやから安心し」
かぶれなくて安心!
それにしても、まったくひどい目にあったよ……。
「ねえ……がっつり血を吸われたんだけど……ボク吸血鬼になっちゃったりするの?」
ボク、人間なんだよね? AIだから大丈夫?
どこまでがホントでどこからが冗談なのかもうわからないよ……。
「さぁねぇ~。それはそこの吸血鬼のお姉さんに聞いたほうがええんちゃうか? ほい、これでキレイキレイできたね~」
シオが流し目でボクを見た後、向かい側のソファーに座って足を組む。
完全に傍観者を決め込んで様子。
ちょっとー、責任持つんじゃなかったの⁉
「失礼。少し取り乱してしまったわ」
ウタが口元をハンカチで拭いながらボクの隣に座る。
少し⁉ あれで少しだと⁉
怖い! ウタのことがホント怖いよ……。
はて……なんか首筋が熱い気がする……まさか吸血鬼の毒⁉
「うわぁぁぁぁ、熱い! 熱いよ!」
やばい、気のせいじゃない!
体が燃える!
「どうしよう⁉ 体が熱いよ! ボク吸血鬼になっちゃう!」
「あらあら。それは大変ね」
ウタが立ち上がる。
部屋の隅の棚まで歩いていくと、ペットボトルの水を3本取り出した。
「助けてー! 吸血鬼になりたくないよ!」
「吸血鬼の血に選ばれると良いわね」
「えっ⁉ 選ばれないとどうなるの⁉」
「さあ? 塵になって消えるのかしらね」
マジで……。体が燃えてるってことは……ああっ⁉ やだよ、ここで終わりなの⁉ まだ日本一にもなっていないし、メイメイも覚醒しきってないのに。ボクがここに来た意味! まだ何も成し遂げていないじゃないか! 死にたくない!
* * *
「カエちん。そろそろ意識戻ってるやんな?」
遠くからぼんやりとシオの声が聞こえる。
ああ、天国にもシオはいるんだ……。
「カエちん。そんなに鼻をこすりつけられるとくすぐったいで」
うーん。落ち着く匂い。好きな匂い……。
「楓。ヘンタイね。みんなに拡散しておくわ」
カメラのシャッターを連写する音が聞こえてくる。
んー。なんか薄暗いな。
「ほれ、そろそろ起き上がりーや。うちだってさすがに恥ずかしいことはあるんやで?」
うーん? 布?
ボクは重たい体を起こして、ようやく起き上がる。
目の前にはシオの顔が。ボクのことを上から覗き込んでいた。その顔がほんのり赤い。
「おはよう?」
今ボクは何をしていた?
「はいはい、おはようさん。そのままセクシーなかっこうでいるとまた襲われるで。はよ元の服に着替えや」
シオがボクの肩にバスタオルをかけてくれる。
ん、セクシー?
ああっ、裸⁉ ≪REJU_s≫の効果が切れたのか!
「あれ、じゃあ、さっきの熱は吸血鬼になりかけていたんじゃなくて……」
「薬の効果切れの再構成やで。ほんまに吸血鬼になる心配しとったんか」
シオが笑いを堪えきれなかったのか後ろを向いて吹き出す。
「くっそぉ。まただましたな! 吸血鬼なんているわけないんだ!」
本気で吸血鬼になれずに死んだと思ったじゃん!
「楓。少し胸大きくなったかしら?」
ウタがボクのバスタオルをめくって確認してくる。
「なってないわっ!」
ほっとけ!
見世物じゃないぞ!
「楓。これを……」
「今度は何⁉」
ウタの手には≪REJU_s≫のカプセルが乗っていた。
手が震えてる! 禁断症状⁉
「えっ⁉ また飲ませようとしてるの⁉」
「私のためにずっと小さいままでいてちょうだい」
いや、そんな目で見ないでよ。
ボクがいじめてるみたいじゃん……。立場逆だよねっ⁉ ボクが理不尽なことを言われてるほうだよね⁉
レイだって1日1回しか飲めって言わないのに……。
「お願いよ……」
「ウタちゃん。さすがにちょっとは休ませてやりーや」
「そうだよ! けっこう体に負担かかるんだよ⁉」
「だって、そのままの体で血を吸ったらレイが怒るのよ……」
小さい体でも血を吸うのはダメだよ⁉
「ねえ、話戻してくれない? アカリさんとボクが違うって話をちゃんと教えてよ」
基礎のAIは同じだけど、AIを教育した後が違うんだって言ってたよね。
「せやなー。ウタちゃんが使い物にならへんし、少しうちからも話しよかー」
シオがテーブルの上のペットボトルを手に取った後、ソファーに座りなおした。