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第15話 汎用型AIアプリケーション

「2人は基が同じなのよ。だって……私が作ったんだから」


 ウタの声は震えていた。

 ボクの手に重ねられたその指先は、びっくりするほど冷たい。


「同じ? 作った?」


 ウタは何を言っているんだろう。

 理解が及ばない。


「汎用型AIアプリケーションなのよ」


「AI?」


「ええそうよ。人工知能と言ったほうがイメージしやすいかしら?」


「それは、人間みたいに考えて行動するプログラムのことだよね」


 未来のネコ型ロボットとか、そういうやつのことかな。


「そうよ。汎用型AIアプリケーションの開発自体はそこまでめずらしいものではないわ。一般的に出回る情報としては実用的な意味での完成はしていないことになっているけれど、どこの国でも最終実験段階にあるわ。すでにこっそり実用に回している国もあるといううわさも耳にするわね」


「ほぇ~。未来だなあ。人間に交じってターミネーターが歩いてるかもしれないってこと?」


「そうね。あなたがそのターミネーターよ」


「ほぇ?」


 ボクがターミネーターですか? アイルビーバック?


「すみませんよくわかりません」


「とってもおもしろいわ。受け答えもユーモアに富んでいて、とても自然よね。そうね、楓は人間だわ」


 声の震えは止まり、言葉は滑らかになったが、依然としてウタは無表情のまま。「おもしろい」と言いつつも、その実まったく笑ってはいなかった。

 氷のような指先にさらに力がこもる。


「急に何さ? ターミネーターだって言ったり、人間だって言ったり。よくわからないけれど、冗談ならそれこそあんまりおもしろくはないよ?」


 話の流れがぜんぜん見えてこない。さっきから断片的な情報ばかりで、話がつながっていないようにさえ感じる。


「カエちん。今の話は冗談やないんや」


「というと?」


「あなたは、私の作ったAIアプリケーションをベースに動いている、自立型人工知能なのよ」


 ……はい?

 今、ボクのことを人間じゃないって言った……の?


「急にこんなことを言い出しても信じられないわよね……」


「えっと……もうちょっと説明して?」


 ぜんぜんわからない。人間に交じってAIが生活している。そんなのマンガの世界の話じゃないの? しかもそれがボクだって?


「機械学習を伴わないAIの調教をすることで、人間の子供と同じような脳の成長を促す。それが私の行ったアプローチよ」


「つまりや。平たく言うと、AIであることを自認させないように、人間の子供として育てたら人間になったっちゅ~こちゃな。教育の期間は高速演算を利用して人間の60倍くらいには縮めてるけどな~」


 平たいかな……。

 なんとなく言っていることはわかるようなわからないような。


「つまりボクはAIだけど、自分を人間だと思っているAIってこと?」


「だいたいそういうことになるかしらね。ピンときたかしら?」


「そう言われてもなあ。自分のことは人間じゃないかも、とか考えたこともなかったし……。ケガもするし、血も出るよね」


 さっきウタに噛まれた首筋がまだちょっと痛いよ?


「そうね。純粋な人間と大きく違う部分は、脳がデジタルデータだということだけよ。楓の体はクローン技術で作り出してはいるけれど、本物の肉体よ。人間と変わりないわ。でも遺伝的疾患の除去や細胞分裂の限界回数は強化してあるから、一般的な人間の肉体よりはかなり強いものかもしれないわね」


「ん、もしかして、だから≪REJU_s≫を飲んでも平気だったりする?」


 細胞分裂の回数とか、速度とか、あきらかにおかしいし、他の人が飲んじゃいけない薬って何だろうとは思っていた……。


「ま、せやな。でもそこは麻里さんの分野やなあ。デジタルというよりは、脳のベースがAIやっちゅ~利点のほうが大きいんやと思うわ。通常なら脳に『今の肉体年齢は10歳です』。そんな指令を出されても体の変化が追い付くわけあらへんから、脳のほうで否定するわけし」


 仮に体を変化させようとしたとしても、細胞分裂に異常をきたす、よね。

 それでも指令を出せるのはAIプログラムならではってことなのかな。


「そっかあ。ボクは人間じゃなかったのかあ」


 事実と事象を突き付けられるとなんだか不思議な感覚だ。

 そうなんだ、という感想しか出てこない。今のところ自覚もないし。


「勘違いしないで。楓は人間よ」


 ウタがまっすぐにボクのことを捉えている。その目は真剣で、その場しのぎの言い訳をしているようには見えなかった。

 

「でも、AIなんだよね?」


「思考の根幹がAIになっているだけで、記憶や体、他はすべて人間そのものよ。何より、私はあなたのことを人間として育てた」


「そう言われても実感がないなあ。ウタに教育された記憶はないんだけど」


 そもそも幼少期の記憶がない。

 いや、それはあるか。

 ボクがここに来る前の記憶。父さんがいて母さんがいて、幼稚園や小学校に通って……まだ男で、メイメイのファンをしていた時の記憶。


「私が教育したのは、楓の記憶を乗せる前のことよ。もっと基礎的な、人間としての人格形成の話。朝起きたら挨拶をしましょう。人に何かしてもらったらお礼を言いましょう。ご飯を食べる前はいただきます。人の嫌がることはしてはいけません。人を傷つけてはいけません」


「なるほどねー。そうだとすると、ボクの記憶は何なんだろう。作り物?」


「それはちゃうで。詳細は聞かされてへんけど、カエちんの記憶データは、ほんまもんの記憶をデジタル移植したっちゅ~話や。そこは麻里さんの分野やから、直接尋ねるしかないで」


 ボクはボク。七瀬楓。

 記憶は本物。

 ボクは未来からタイムリープしてきて、何らかの事情で麻里さんが脳のデータをデジタル化して、ウタが教育したAIで、クローンの体に入れた?


 いやー、やっぱりぜんぜんわからないなあ。

 事実をつなぎ合わせた結果は途方もない結論。あまりに現実的ではなくて信じられない答えになっている。

 だってさ、「なぜ? どうして?」の部分がすっぽり抜けてしまっているから。

 ボクもAIならもうちょっと頭が良ければその答えがわかるのだろうか。


「2人はボクがAIだって知ってたんだ?」


「せやな。もちろん最初に出会った時から知ってたで。でもカエちんはAIやない。AIの補助を受けているだけの人間やで」


「AIの補助……」


 ふと、サクにゃんの顔が思い浮かぶ。

 体の不自由な人が機械の手足をつけるのと同じ、なのかもしれないな。


「私が担当したのは灯と楓の基礎の調教だけよ。その後の楓のことはすべて麻里さんが担当しているから、詳しくはわからないわ。私は灯がメイン担当だったから」


「アカリさんはボクとは何か違うんだ?」


「基礎のAIはまったく同じものよ。2人は別々に調教したけれど、アプローチは同じだった。でも一定の教育が終わった後のアプローチは私と麻里さんそれぞれで行ったから、少し違っていると聞いているわ」


 そう言うと、ウタがゆっくりとソファーから立ち上がった。


「ちょっと良いかしら?」


 ウタがソファーに座っているボクの目の前に仁王立ちした。

 無表情。

 

「ん? 何?」


「そろそろ楓成分が切れてきたから補充させてちょうだい」


 そう言うなり、ウタがボクの脇の下に手を入れ、荒々しく抱き上げてくる。

 高っ、怖っ!


「えっ、何⁉ 楓成分って何⁉」


「もう無理なの! 楓成分が低下してしまったのよ! このまま切れると私、死んでしまうわ」


 そう言いながら何度かも天井に向かって高い高いをされる。


 意味がわからなすぎる!

 怖っ!


 突然のことに体が強張ってしまい動けなくなっていると、今度は左手でボクを縦抱きにして顔を近づけ、ボクをじっくりと観察してくる。


 な、何よ? はずかし――。

 

 突然の奇行。

 ウタがボクの耳や頬や首や鼻やおでこ、顔のいたるところを嘗め回してきたのだ。


 あまりの衝撃に2秒ほど息が止まる……。


「ちょっちょっちょっ!」


 何してんの⁉ と抵抗をしてみたけれど、2秒の遅れは致命的だった。


 

 ボクは完全に捕食されてしまった……。

 

 なんてかっこいい風のモノローグを入れている場合じゃないよ⁉


 ちょっとちょっとちょっと! 涎でベトベト!

 痛い痛い痛いっ! 耳千切れるから!

 くすぐったい! 髪の毛かじらないで!

 ウヒッ! 首筋ハムハムやめてっ! 鳥肌ぁぁぁぁぁ!


 だいたい楓成分って何よ⁉ ウタ! このAIの研究者! おかしいでしょ⁉ 


 シオ、笑ってないで助けてっ!


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