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第14話 楓と灯の共通点

「すべて楓のせいで終わったのよ。灯は私のもとから消えてしまった……」


 ウタが天を仰ぐ。

 その横顔は絶望とも何か違った。何もかも終わってしまったのだという諦めの色が濃いように感じられた。


「カエちんのせいやないやろ。ええ加減その言い方はやめ~や」


 シオが諭すように言う。ウタは天井を見つめたまま、不貞腐れるように体を横に倒した。


「私だってわかってはいるのよ。頭ではわかってはいるの……」


「だったら本人の前でそないなこと口にしたり態度に出したりするのはやめ~や。カエちんだって、自分でなんもできひんことで責められるのはつらすぎるやろ」


「わかってるのよ……。でも、楓が楽しそうにしているのを見ていると……どうしても灯の笑顔と重なって見えてしまって……」


 それまで天井をぼんやりと見つめていたウタが起き上がり、ボクの顔を覗き込んできた。


「え、何⁉」


 至近距離で真っ黒な瞳がボクのことを見つめてくる。そこからは何の感情も読み取れない。


「灯……」


 ウタがそうつぶやくと、ゆっくりと顔を寄せてくる。目を閉じると、ボクに覆いかぶさるようにさらに顔を――。


 え、ウソ……唇……。キスされる⁉ ダメッ!

 反射的に目を閉じる。


「んん⁉ 何よ、これ⁉」


 唇が触れ合うその瞬間は訪れなかった。ウタが叫び声をあげながら飛びのいたからだ。

 見るとウタの口には、いつの間にか白い不織布のマスクが貼り付けられていた。マスクの上には、赤いマジックで大きくバッテンが書かれている。


「フハハ。キスはあかんてさ~。ほどほどにしとかんと、本気で怒らせたら怖いで?」


 シオが楽しそうにお腹を抱えてケラケラと笑っている。他人事だと思ってからにー。


 だけど、あのマスクがウタのキスを防いだ、ってこと? どこから?


「冗談よ。ついよ!」


 ウタが荒々しくマスクを取ると、部屋の隅のゴミ箱に投げ入れた。


「今のカエちんは反則的にかわええしなあ。男の子みたいな女の子がいっちゃん好きなウタちゃんの性癖には刺さりまくりやろな~」


「違っ! 私は灯みたいなスラッとしていて女の子らしい女の子が――」


「ほんなら~、うちもありなんかな?」


 長身のシオが、ウタを正面から見下ろすようにして立つ。普段のおどけた印象から一転、キリッとした表情を見せている。


「なしよなし! 栞さんはぜんぜん私のタイプと違うわ!」


 一瞬真顔で全身を眺めた後、ウタはシオを押しのけるようにして離れる。再びボクの隣に腰を下ろした。


「なんや残念やな~。うちだって長身で細身の美少女やで? ダメかいな~」


 シオは余所行きの顔をやめて、ふにゃりといつものように表情を崩した。


 あーあ、自分で美少女って言っちゃったよ。

 まあ、シオは黙ってたら美人であるけどさ。黙ってたらね。しゃべるとなー、あれだからなー。


「カエちん。考えてることが顔に出すぎやで。うちだって女の子なんだから……そないなのは傷つくんよ?」


 シオは目を伏せ、唇を尖らせながら苦言を呈してくる。


「ごめんっ!」


「ダメッ、許さへん!」


 ええ……。


「ウタちゃんと仲直りの握手し~や。そしたら許しちゃるわ」


 シオの表情がフッと緩む。

 まったく、シオにはかなわないな……。


「私たちは別にケンカしていたわけじゃないわよ」


 そう言いながら、ウタがボクのほうを見てくる。反射的にボクもウタのほうを見る。お互い握手をしようかどうしようか、中途半端に手を出したまま、なんとなく2人で見つめあうような格好になってしまった。


 ケンカしていたわけじゃないのはホント。

 でも一方的に避けられていたのはホント。

 大切にしていたアカリさんが、ボクのせいでいなくなったのもホント。

 だからってボクが何かできるわけじゃないのもホント。


「詩お姉ちゃんは……ボクのことキライなの……?」


「……その顔でそれを言うのはずるいわよ」


 ウタが伸ばした手で、ボクの頬を遠慮がちに撫でる。


「ボクだと、アカリさんの代わりにはなれない?」


 ウタの心に空いてしまった穴を埋めることができるなら。

 ボクにできることがあるなら。


 ウタは黙ったまま何も答えなかった。


「なれない、よね……。アカリさんみたいにきれいじゃないし、かわいくないし、女の子っぽくないし……」


 もしかして、20歳のボクなら?

 でも無理か。≪REJU_b≫は1回しか服用していないけれど、アカリさんみたいに色っぽくはならなかったな……。体型だけはそれっぽい感じに大人っぽく少しはメリハリがついたけど。まあでも実際は身長が少し伸びたくらいで、女性らしさは感じられなかった……。あーあ、牛乳飲もう……。


「そんなことはないわ……。楓は灯に近すぎるのよ……」


 ウタが遠慮がちにボクの体に手を伸ばす。ボクはそれに抵抗することなく身を任せて抱きしめられた。

 ウタの体は少し震えていた。


「似てる? 正反対のように思うんだけどな」


 見た目も性格もたぶん真逆。

 アカリさんは、あんなふうになりたい女の子の理想みたいな人だったから。


「そうじゃないわ。楓は自分のこと、何にもわかっていないのね」


 そう言ってから、ウタはボクから体を離すと、再びソファーに座りなおした。


 ウタにはボクのことがどういうふうに見えているんだろう。自分では気づいていないけれど、アカリさんと共通点がある、のかな。


「無邪気で、天真爛漫で、いっつもおせっかいで、だけど悪気がなくて、他人のことばかり考えていて自分のことには無頓着で、世の中に悪い人がいるなんてこと疑ってもいなくて、みんなが好きで、みんなに愛されている」


 ウタの目にはそんなふうに見えているんだ……。さすがに良く言いすぎじゃないかな?


「私には決してなれない憧れの存在。自分がなれないから自分のものにしたい」


「だけど、ウタにだって良いところはいっぱいあるよね」


「そうよ。どんな人にも長所はあるわ。短所もね。だからおもしろいわよね」


 そう、だね。

 みんな同じだったら退屈だし、みんな完璧だったら何も生まれないよね。


「でも、楓と灯は同じなのよ。似てるとか似てないとかそういうことではないの」


 同じ?


「基が同じなの」


 ウタは、真正面を見つめたまま、手を重ねてきた。


「だって私が作ったんだから」

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