第13話 ウタとアカリとウタの研究
「私、灯のことが好きだったのよ」
それは知ってたよ。
アカリさんと2人きりでいる時のウタは、とても楽しそうだった。今みたいにしかめっ面ばかりじゃなくて、自然な笑顔だったもんね。
「灯は私の理想のすべてを詰め込んだ存在だったのよ」
「うん……」
「外見も内面もスタイルも、話し方や笑い方、食事の仕方やスキンシップの取り方、全部全部、私の理想を詰め込んだの」
「うん……」
「麻里さんがね、目的さえ見失わなければ私の好きにして良いって、そう言ってくれたから、思う存分、本当に好き勝手したわ」
「うん……?」
おや? 雲行きが怪しいぞ?
「私って見た目が老けてるでしょ。そのせいでずっと同級生たちからは年上扱いされてきたのよね。でも本音は甘えたかったのよ。私、本当はしっかりなんてしてないのよ? ずぼらだし、がさつだし。だから、ただひたすら甘やかしてくれるような、そんな恋人がほしかったの」
「恋人……」
やはりアカリさんは恋人だったのか……。
「でも吸血鬼は処女じゃないといけないから」
「また吸血鬼の話……」
最近のブームってわけじゃなくて、昔から吸血鬼にハマってたのかな……。
「そうではなくても男は汚らわしい存在よ。視界に入るだけで吐きそうになるわ」
またー、極端だなあ。
たまにそういう女子っているけどさあ。
「麻里さんが私のことを評価してくれて、プロジェクトチームに入れてくれたのがとってもうれしかったの。一生ついていこうって思ったわ」
うっとりした目で虚空を眺める。
もしかして、麻里さんのことも好きなのかな? 惚れやすい性格?
「プロジェクトチームっちゅ~のは、麻里さん率いる脳研究のチームのことやで。チーム内のスタッフは女性しかおらんねん」
脳のデジタル化と意識のアップロードの研究。
永遠の命の研究、か。
「私が大学1年生の時に発表した、モデリングアプローチの研究結果が麻里さんの目に留まって、クラスタリング分析のエンジニアとしてチームに参加することになったのよ」
何を言っているかはわからないけど、とってもすごそう!
ウタってやっぱり頭良いのね。ボクより年下なのに大学……飛び級? まあ、普通に年齢詐称かな。老けてるし。
「研究チームに入って最初は驚いたけれど、普通に日本では……ううん、おそらく先進国どこにいっても認められるはずの研究をするチームだったのよ。チームメンバーの情報も非公開だし、もちろん研究結果がどこかに発表されるということもない、極秘の研究プロジェクトだったわ」
なんとなくは察していたけれど、はっきり言われると鳥肌が立ってくる。
完全に法外の研究。
「私が参画した時には、すでに動物実験のフェーズは終えていて、人間での実験に入るところだったわ」
人体実験、か。
人の尊厳、なんて言い方をしたら偉そうに聞こえるだろうけれど、人間が人間を使って研究をしている。それは本当に許される行為なのだろうか。
「脳死した人間の脳を生かしたままにしての研究よ。20年近く進んでいなかった研究だけど、私が入ったことで一気に進んだから、今は最終フェーズまで来ているけれどね」
20年の時を一気に。それだけウタは優秀なんだね。
つい気になって、ちらりとシオの顔を見てみる。
シオはそのチームでいったい何をする人なんだろうか。
シオはボクが視線を送ったことに気づいたようで、自分のことを指さした。
「うち? うちはお茶くんだり、へらへらしたり、マンガ描いたりする仕事やで」
そんなポジションは研究チーム内に存在しないでしょ……。
「まあ、今はうちの話はええ。実験段階に入った時、ウタちゃんがAIの教育を任されたわけや」
「AI?」
「……ん、まあ、灯さんのこっちゃな」
そうだった。アカリさんはデジタル化した脳データの一部とAIプログラムで構成されているって麻里さんが言ってたっけ。正直今でも信じ切れていないけど。だって、アカリさんはプログラムには見えなかったよ。あまりに自然過ぎたし。
「人としての行動の仕方、ものの考え方、目的の刷り込み、それらは私の担当だったわ。毎日、私と灯は会話をしたわ」
教育していく中で、別の感情が生まれてきた。そんな感じだろうか。
「教育の仕方は任されていたから、徹底的に私の好みになるように育て上げたのよ」
あ、最初からでしたか。
光源氏計画も真っ青ですね。
「無理を言ってVクローン体のほうにも口を出させてもらって、あの美しい体を作り上げたのよ。見た目もすべてにおいて完璧よね……。私って天才だわ」
完全に自分に酔ってらっしゃる。
ウタってナルシストなのかな。まあ、ナルシストだよね……。
「そうして生まれた私の理想のすべて。灯が肉体を得てからの毎日は、それはもう楽しくて楽しくて仕方なかったわ」
自分の理想の存在と寝食を共にする。
それは夢の世界だろうね。
「目的からも外れていなかったし、この蜜月はずっと永遠に続くものだと思っていたわ」
しかし突然、アカリさんは消えてしまった。
「終わったのよ。……すべて楓のせいでね」
ああ、すべてボクのせいで……。
ボクがメイメイの補佐役にふさわしいと。アカリさんはボクにその役目を引き継いで消えていったんだ。