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第11話 ボクにできることがあるなら

「ウタちゃん。おまたせやで~」


 シオに手を引かれて、再びウタの待つ応接室に入る。

 ボクは自分が小さな体になったのを良いことに、シオの後ろに隠れてウタの様子を伺ってみる……。


 またあの目で睨みつけられるのは正直怖い。

 拒絶されたくない……。


「急にどこに行ったかと思えば……」


 ウタがため息をつく。

 うぅ……怖いよ。


「それで? 楓はどこなの……まさか逃げたのかしら?」


「ちゃうで。あのまんまじゃ話が進まへんと思うてな。ほれ、この通りや」


 シオが後ろを向く。ボクは必死にスカートにしがみついて抵抗するも、軽々と持ち上げられ、そのままストンとウタの前に下ろされてしまった。


「えっと、あの。こ、こんにちは……」


 モジモジ。

 そんなふうに見下ろされると、ちょっと恥ずかしいの……。


「楓……なの?」


 ウタの細く鋭かった目が徐々にまん丸になっていく。


「えっと、はい……七瀬楓です」


 ボクは何で自己紹介してるんだろう。


「そんな……見た目も雰囲気もまったく違うわ……」


 ウタが膝をついて目線を合わせてくる。何かを確かめるようにボクの頬をそっと撫でる。


「そう? ボク自身は特に変わってるつもりはないんだけどね」


 そう言っている間にも、ウタはボクの頭を撫でたり、耳を引っ張ったり、歯並びを確認したり、これでもかというくらい弄繰り回してくる。

 そんなに触られるとちょっとくすぐったいし照れるよ……。


「これなら……別に良いんじゃないのかしら?」


 そう言いながら、ウタがボクから視線を外した。

 何が良いんでしょうか……。


「そうかそうか。それはよござんしたな~。旦那はんのお気に召しましたかな?」


 シオがいやらしい笑みを浮かべながら、揉み手でウタに迫る。


「お気に召してなんていないわ! 元の姿でいられるよりは良いって言っただけよ!」


「なるほど~? ほ~かほ~かぁ。ウタちゃんも好きゃな~」


「だから違うって言ってるでしょ!」


 ウタはダンッと床を踏み鳴らした。


「ここで素直になれないなら、残念やな~。時間切れや。カエちん、こっちおいで~な」


 促されて、ボクはシオのそばに寄っていく。


「ほい。つかまえた。カエちんはかわいいな~」


 ああっ、捕まった!


 シオはボクのことを抱えあげたまま、ソファーに浅く腰掛ける。


「お姉ちゃんと一緒にお菓子食べよか~」


 そう言いながら、ボクを膝の上に乗せるようにして下ろす。ソファーの背もたれに沈み込むように背中を預けた。


「うわっととと」


 急にシオの支えをなくしたボクは、バランスを崩してシオのほうへと倒れこむ。


「なんや~。うちのことが好きか~。こんなに必死に抱きついてからに~。カエちんはほんまかわええな~」


「ごめっ」


 長身でしなやかに見えたシオの体はびっくりするほど柔らかかった。首筋から柑橘系のフルーツの香りが漂ってくる。

 うぅ、なんか意識しちゃう……。めっちゃ恥ずかしい……。


「なんやかんや言うても、カエちんも男の子やんな~。好きなとこ触っててもええで~。ん~♡」


 いや、そこでなんで目をつぶって唇を突き出してくるの……。


「ちょっと栞さん⁉」


「なんやの? ウタちゃんはいらんのやろ~? だったらうちがいただくで~」


 シオが片目を開けて、ウタを挑発するように笑う。

 いや、いただくって何さ……。


「ダメよ。それはダメ」


 ウタの鋭い視線がシオを突き刺す。


「ほんなら素直になり~や。自分の口で言わんと何にも伝わらへんで?」


 シオが再びボクを持ち上げてソファーの前に立たせると、シオ自身も立ち上がった。

 つかつかとウタに歩み寄ると、耳元で囁く。


「いつまでも誰かに与えられるんを待ってたら、ずっと後悔するだけやっちゅ~ことをそろそろ学んだらどうや?」


「……わかってるわよ。そんなこと言われなくてもわかってるのよ!」


 ウタの目にはあふれんばかりの涙が浮かんでいた。


「でもどうしたら良いのかわからないのよ……」


 何がウタをそんなに追い詰めているんだろう。

 ボクができることがあるなら……。


 ボクもウタに近づく。そしてその手をそっと取った。


「話して。ボクがこのかっこうなら話せることなの?」

 

 ウタの手が一瞬強張り、緊張が走ったのを感じる。

 直後、ウタはしゃがみこむと、ボクの手を振りほどいた。


「ごめんなさい。少しだけこうさせて……」


 ウタは遠慮がちにボクの体を抱きしめてくる。


 首筋にウタの涙が、ぽたぽたと何粒も落ちてくるのを感じる。

 とても温かい涙だった。


 ボクは体を弛緩させてウタに身を任せた。

 気の済むまでいいよ。ボクにできることがこれだけなら、気の済むまでいいよ。


 ふと、シオと目が合う。

 シオは小さくうなずいた後、ウタに視線を向けた。その顔はとても穏やかなものだった。

 

 ボクにわざわざ薬を飲ませた理由はこういうことだったのね。

 ああ、今度は拒絶されなくて本当に良かった。

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