第10話 シオと楓とウタと
「用事って何かしら?」
ウタが少し警戒したようにこちらを見てきた。
ボクとウタとシオ。
ガラス製のローテーブルが1つ、赤茶色の革張りのソファーが2つの少し小さめな応接室で、3人顔を突き合わせている。
モニターはなくて大きな壁かけのテレビと部屋の隅に小さな冷蔵庫、そして食器棚が置かれている。ここは仕事用というよりは、えらい人をもてなす応接室なのかな?
「なんや、……あれや。カエちんがウタちゃんの心配をしとるで」
シオが曖昧な言い方で話を切り出し始める。
しばらくは黙って動向を伺おう。
「心配? 私は元気よ。何も問題ないわ。でも心配してくれてありがとう」
ウタがボクのほうを一瞥する。というより、もうすでに睨みつけられているようにさえ感じる。ボクに何か思うところがあるというのは間違いなさそうだ。
でもそんなに嫌われるようなこと、したかなあ。ボク、詩お姉ちゃんのことこんなに好きなのに……。
「元気なのは知っとるで。……せやな~。うちの夢は、これからもみんなで楽しくやっていくことなんよな~」
そうだね……。
いつまでもみんなで。変わらず、ずっとこの10人で。
永遠なんてないのはわかっているよ。でも、もう少しだけでいいから夢を見ていたいんだ……。やめてほしくないなあ。
「なんで楓が泣くのよ……」
ウタが、ボクから視線を外してばつの悪そうな顔をする。
「あれ? なんでだろ……」
指摘されて、自分が涙を流していたことに初めて気づく。
なんでだろうか……。
「ボクにはみんなしかいなくて……。ずっとみんなで。この10人で一緒にいたくて……」
それが目の前で壊れてしまいそうなのが悲しい。
ボクが原因なのだということがさらに悲しい。
「なんで栞さんまで泣くのよ……。私が悪者みたいじゃないの……」
「せやな、せやな」と言いながら、シオが目尻に浮かぶ雫をぬぐっていた。
ごめん、ボクのせいで……。
「ええやんか。うちだって10人の1人なんやで。エターナルなメンバーなんや……」
願わくは、永遠に。
伝説の終わるその瞬間まで。
「私だってそうよ……。でも、10人じゃない……11人よ」
重たい言葉だった。
ハッとさせられた。
今の環境に少し慣れ始めていた自分がいるのに気づかされた。
アカリさん――。
もちろん忘れていたわけではない。
でも、今の10人で。そんな気持ちを持っていた自分に気づかされてしまったのだ。
ボクにメイメイのことを託して消えていった存在。
今のボクは、アカリさんに胸を張って任せてください、と言えるほどの成果を出せているのだろうか。
「勘違いしないでちょうだい。海さんのことをどうこう思っているわけではないのよ。彼女ほどアイドルに向いている人はいないと思っているし、支援していきたいと思っているわ」
それは「ウーミーのことをマネジメントしたくないわけではない。ほかに原因があるのだ」という明確な宣言だった。
その宣言がとても恐ろしくて、「だったらなんでマネージャーをやめようとしてるの?」とは、言葉を繋げられなかった。
理由はどうあれ、「お前のせいだ」という呪いの言葉を正面から受け取れるほどの覚悟も準備も今のボクにはなかった……。
「これ以上カエちんをいじめるのはあかんで。それはただの八つ当たりや」
そう言って、シオがボクの肩に手をおいた。
自分が震えていたことに気づかされる。
「はっ? いじめ? そう、これがいじめなのね。結局ぜ~んぶ、私が悪者なんだわ」
ウタが自嘲するように笑う。
「栞さんもそう、麻里さんもそう。みんなして私が悪い私悪い。私が間違っていると口をそろえて言うのね。ええ、そう。全部私が悪いんだわ。ねえ、楓は私のことが怖いんでしょ? 私、悪者だものね」
早口でまくしたてながら、ウタが迫ってくる。足音が強く、攻撃的な音を奏でている。
ウタがボクにつかみかかろうかという距離まで接近した時、シオがボクたちの間に割って入ってきた。
「落ち着きぃや。そんなこと一度も言ってないやろ。そうやないんや。これはそういうことやないんや……」
何がウタをここまでさせているのか。そしてボクの何がいけないのか。直せるなら直したい……。
「ええんや、カエちん。カエちんが悪いことは1個もあらへん。ちゃんと最初から説明したるから、ありもしない自責の念で泣くんはやめ~」
シオがボクの頭を抱えるように抱きしめてくれる。
ボクのせいじゃない?
でも、ウタはボクのせいだと、ずっと目で訴えかけてくる……。わからない……。
「ウタちゃん。自分で説明できひんのやったら、うちから説明するけどええんか?」
「説明しないなんて言ってないわ。でも……つらいのよ……楓を見ていると、どうしても重なるのよ……」
重なる?
「このままじゃ埒が明かへんな……。せや。ウタちゃんはちょっと待っとき。カエちん、行くで」
「ちょっと! 栞さん! どこいくのよ⁉」
ウタの抗議の声に答えず、シオがボクの頭を抱えて視界をふさいだまま、歩き出す。
えっと、どこへ?
と思っている間に、ボクたちは応接室を出たようだった。
「しおりさん、これを」
ん、レイの声?
「サンキュー、レイちゃん」
シオの手をほどいて、ボクは頭を振る。
応接室の前にはなぜかレイがいた。
「レイ、どうしてここに?」
「ここでは人の目もありますし、隣の部屋にいきましょう」
「せやな。おおきに」
レイとシオの間では会話が成立していき、ボクだけが置いてけぼり状態だった。
隣の部屋に入ると、さっきの部屋と同じ造りの小さな応接室だった。
ここでいったい何をするの?
「かえでくん、服を脱いでください」
「えっ、なんで⁉」
ボクはいったい何をされるんです⁉
「熱で伸びでしまわないようにしないといけません」
「カエちん、これ、頼むわ~」
シオが≪REJU_s≫のピルケースを手に、妙な笑顔を見せていた。
「えー、昼間からそれ飲むの……」
ようは子供になれ、と。
レイさん、子供服も用意されているのですね……。とっても準備の良いことで。
「今日は秋の遠足ルックです」
いや、服のコンセプトを聞いたわけではなくてですね。
まあ、最近はお風呂場で済ませてるから、ちゃんとした子供服を着るのはひさしぶりですね。
え? ぜんぜんウキウキなんてしてませんよ?
「はよたのむわ~。ウタちゃん待ってるし」
「はいはい、わかりましたよ。それで話が進むのね?」
「……たぶんな。体もしんどいとは思うんやけど、このとーり、たのむわ」
シオが手を合わせて拝んでくる。
そこまでされなくても飲みますよ。ウタのためなんでしょ?
シオから≪REJU_s≫を1カプセル受け取り、水とともに飲みこんだ。
そして後ろを向いて急いで服を脱ぎ捨てる。
ふぅーはぁぁぁぁ、あっついなあ。
この感覚。
意識を失わない程度には慣れてきたけど、つらくないわけじゃないんだよ。レイがめっちゃ喜ぶから、まあ、いいんだけどね。うん、今日はウタのためだし。別にちょっと子供でいるのが楽しくなってるわけじゃないんだからねっ⁉
「大丈夫そうですね。ではお着替えしましょうね」
「はーい」
ボクは手を広げて目をつぶる。
あとはレイにおまかせだ。
「カエちんええな~。着替えさせてもろて。王様やんな~」
「いいじゃん。レイが着替えさせたいって言うんだから!」
そう、ボクが傍若無人にふるまってるわけじゃないんだよ? あくまでレイがやりたいって言うから、レイの希望をかなえてあげてるだけで。
「はい。わたしがかえでくんを着替えさせたくてしかたないので、頼み込んでさせてもらっているんです」
「ええな~。うちのことも着替えさせてもらいたいわ~。黙ってたら起こしてもろて、着替えさしてもろて、食事食べて、マンガ描いて、動画編集して、各種打ち合わせしといてくれへんかな~」
「それは……お疲れ様です」
シオ、仕事いっぱいね……。いつもありがとうね。
「できました。しおりさん、あとはお願いします」
「レイちゃんおおきにな。あとは任されたで。カエちん、第2ラウンドや。いくで!」
「レイ、ありがと」
レイが手を振る中、シオに手を引かれて応接室を後にする。
第2ラウンドか……。今度はちゃんと話ができると良いな……。