第18話 1週間目の日常
ボクたちが正式にマネージャーとして採用されてから1週間が経った。
平日は2時間のダンスと歌のレッスン、休日は8時間の中でレッスンやメンタルトレーニングなどの予定が組まれている。
ボクは平日の昼間も暇なのであれだけれど、他のみんなはだいたい学校やら他の仕事やらがあるらしいので、そういうスケジュールになっているようだった。
マネージャーと言っても、ボクたちには仕事をとってきたりする営業活動は求められていない。スケジュール管理については、今のところレッスン予定などは決められているものを渡されるので、遅刻していないかの確認程度ですんでいる。
求められているのは、相手に寄り添い、一番の理解者であろうとすることなんだそうだ。
メンタルのケア、そして客観的な意見を述べること。ダンスの出来はどの程度か、歌の完成度はどうか、セルフプロデュースが魅力的に行えているかなど、プロ目線ではない一般的な目線での評価。これがボクたちバディと言われるマネージャー陣に求められていることだった。
同世代を集め、1人のアイドル候補に1人のマネージャーをつけている意味。
1番のファンであれ。二人三脚で成長しろ。
おそらくそういうことなのだとボクは理解している。
「カエくん、つかれた~。足もんで~。ジュース持ってきて~。ご飯食べさせて~」
「メイメイ、そういうわがままは外で言ってはダメだよ……。ジュースは太るからお茶にしよう? ご飯はあとで食堂に一緒に行ってあげるから今はこのアメでガマンしよう?」
つまりこういうことである。
わがまま放題手足をジタバタさせるアイドルをやさしくなだめて、デビューした後にADさんに横柄な態度をとったりしないように、今のうちから教育しなくてはいけないということなのである。ほんまか?
「やだ~。ペットボトルの蓋あけて~。アメの袋とって~」
「仕方ないなあ。ボクがいないときに他の人にこんなこと頼んじゃダメだよ? 裏表がある人は信用されないから仕事もらえないよ?」
メイメイはむくりと起き上がると、ペットボトルのお茶を受け取った。
「カエくんだけです~。私、裏表なんてないもん。カエくんにだけしかこんなこと言わないよ」
やれやれ、そんなこと言われたら参っちゃうな。
メイメイって、実はけっこうガチ恋を釣る系なのかも。そういうのをね、ほかの人に言うと勘違いされちゃうよ? ぼぼぼボクはだだだだだだ大丈夫だけどね! 今は女の子だし? 女の子だし……。
たまに思い出してちょっと落ち込むくらいには馴染んできてしまっている。受け入れるというよりは馴染んできている、がしっくりくる気がする。
「ねえ、カエくん。私……アイドルになれますか?」
メイメイは持っているペットボトルを口に運ぶことなく、握ったままそれを凝視している。
「急にどうしたの?」
「私、みんなより早く寮に入れてもらえて、その分たくさんレッスンも自主トレもしてきたのに、全然うまくならなくて……アイドル向いてないのかなって」
「メイメイはなぜアイドルになろうと思ったの?」
「なぜ……かな」
容姿、歌唱力、パフォーマンス、人前に出ることの喜び。
アイドルを志望する理由は人それぞれだろうけれど、おそらく大切なのは、自分を信じること。輝いている自分を表現したい、魅せたいという想いが溢れ出すことなんじゃないかとボクは思う。
「小さいころから、お母さんの歌やダンスを真似るとね、おばあちゃんが褒めてくれるの。早月はかわいいね、早月はダンスが上手ねって」
「じゃあ、おばあちゃんがファン1号だ」
「うんうん、そうかもね。おばあちゃんにステージに上がる私を見せたいんだ」
メイメイはペットボトルをテーブルに置き、立ち上がって背伸びした。
「もっと歌やダンスがうまくないとおばあちゃんは悲しむと思いますか?」
「そんなことは……ない……と思う」
「じゃあ、今のままでも十分だと思いますか?」
ボクは意地悪な質問をした……。
メイメイはしばらく黙ってから消え入るような声で言う。
「ダメ……だと思う。私たちは5人だから、勝手に低いレベルで満足している人がいたら、グループとして良いパフォーマンスにならない……から、それはおばあちゃんも悲しむ……」
「そうだよね。5人でグループだよね。誰かが欠けてもそれは違うものになってしまうと思う。もしかして、ハルルやサクにゃんやナギチ、アカリさんのだれかが、メイメイにアイドルに向いてないって言ったの?」
「言ってないです……。みんなやさしいし、お互いの悪いところを指摘しあってうまくなろうってがんばってる……」
知っている。
はたから見ていても、彼女たちはとても仲がいい。
バディのマネージャー含め、ただのなれ合いではなく、厳しいことも言い合えるチームワークが芽生えつつある。
「じゃあ、メイメイはなんでアイドルに向いていないって思ったの?」
「お母さんの、≪Believe in AstroloGy≫のパフォーマンスには程遠くて……」
理想と現実。
登ろうとしている山の頂上が高すぎて、登る前に挫折する。
よくある話。
「お母さんたちはデビュー前からすごかったんだ?」
「それは……わからないよ。私が好きなのは武道館2daysの2日目――」
メイメイのお母さんが引退する直前のツアーファイナルか。
今週かけて≪BiAG≫の記録映像はすべて確認したけれど、パフォーマンス、空気、観客の一体感、あれを超えるものは前にも後にも見つけられなかった。
「最近見たにわかで申し訳ないけど、あれは圧巻のパフォーマンスだったよ。とくに――」
ボクたちは≪BiAG≫のかっこいいところ、かわいいところ、振付のいいところやファンサのタイミングの絶妙なところなど語りまくった。
「メイメイ、これはお母さんたちが何年もかけて積み上げてきたものなんだよ」
「うん……そうだね」
「デビュー前の自分と比べるのはどうなんだろうね?」
「おこがましいというか、失礼、かな……」
「そんなことはないよ。高い目標を持つのはいいことだと思う。でも! 目の前にも1つずつ超えられそうな小さい目標を持つのも大事なんじゃない?」
「小さい目標?」
メイメイが首をかしげる。
目標は細かく持つほうがいい。1つずつクリアしていったらいい。
「たとえば……そうだなー。あと20回腹筋をする、とか」
「そういうので良いの?」
「いいんだよ。ちょっとがんばらないといけない目標を1個ずつクリアして、成功体験ってやつを積んでいこう。毎日10段階段を登るという目標を立てて実行していたら、いつの間にか富士山の頂上についている、みたいな?」
「カエくん、それ意味がわからないです~」
ええ⁉ わりと良いこと言ったと思ったのに。悲しい。
「うん、でもなんか慰めてくれてることはわかったから大丈夫かな~」
「そ、そう……」
薄い感想、そして気を使われてしまった。悲しい。
「いつか、お母さんのあの武道館ライブのパフォーマンスを超えられるようにちょっとずつがんばります~!」
「そう、それ! 高い目標を掲げつつ、今やれることを全力でね!」
エイエイオー、と、二人でこぶしを突き上げ気合を入れる。
「おーおー、熱い青春の1ページ! 少年よ大志を抱け、っちゅう具合かー」
「わたしの占いによると、さつきさんが武道館に行ける確率は……」
ナギチがいつの間にかレッスン室に入ってきてニヤニヤしていた。そして後ろにはレイ。レイナギペアはことあるごとにダル絡みしてくるのだ。
「あ~あ~、聞こえませんん~。わ~わ~」
メイメイは耳をふさいで大声を出してけん制している。
「レイナギが来たから逃げろー! おもしろくないコントに巻き込まれてやけどするぞー!」
「きゃ~! つまらない漫才師に絡まれる~!」
ボクとメイメイは出口のほうに走って逃げる。
「誰がつまらんっちゅうねん! 宇宙一おもろいわ!」
「心外です。なぎささんとまとめないでください。そんなこと言うかえでくんには、もう耳かきしてあげませんよぅ」
ええ、それは困る……。耳かき毎日してほしいの……。耳かき耳かき耳かき……かゆい うま。
振り返って謝ろうとするボク。が、しかし、それは許されない!
メイメイに強引に手を引かれて、レッスンスタジオから退室させられてしまった。
メイメイが静かに怒っていた。
「何でですか⁉」
「え、あ、なんかごめん……。メイメイも耳かきしてもらえるように、レイに頼んどくね?」
「ずるい~、私もカエくんの耳かきしたいです~」
あ、そっちなの?
レイに耳かきしてほしいのかと思った!
「え、でも、レイはすごく器用だし、すごくふかふかで……」
「ぶ~。どうせ私は不器用でガリガリですよ~だ!」
メイメイは不器用なところがかわいいし、全然ガリガリじゃなくて細身で締っていてスタイルがいいだけ! わかってないなあ。
「そういうことじゃなくて、メイメイも一度体験したらわかるから、一度頼んでみようね⁉」
「もういいです~。同棲相手のレイさんとおしあわせに~」
メイメイはほっぺたをふくらませながら歩いて行ってしまう。
「マネージャー同士だから同室なだけだってばー。……わかったよ。耳かきは朝晩じゃなくて晩だけにしてもらうから……」
「朝晩⁉ 1日2回もひざまくらを⁉」
「えっ……じゃあ、2日に1回に……ううっ」
夢のような時間。
そんな時間をボクは日常として受け入れつつある。ゼイタクな話だ。
今はとにかく、メイメイとみんなを合格させる。
自分のことはそのあと考える。
オーディションまであと3週間。