第3話 マキししょー先輩のプロデュース
「ふ~む。姫と侵入者の話かあ。前半シリアスで後半ギャグ路線なのね」
再度シナリオを読み終えたマキが、金色の取っ手のついた白磁のトレイにティーカップを3つ乗せて戻ってくる。
「うん、まあ、そこはもともとのマンガ通りというか」
「シオちゃんのマンガはシリアスでも必ずギャグを入れてきますからね~」
まあそうね。『メープルとバディ』のマンガシリーズは、デフォルメキャラがちょこまかしている。だいたいの回がギャグ中心なわけだけど、ボクたちが選んだこのシナリオはちょっとまじめ風なギャグ回だよね。
ん~、紅茶の良い香り。
「あ~これ。最近はまってるフレーバーティーなのさ。カエデの好きな栗の香りだよ♡」
ティーカップをボクとメイメイの前においてくれる。最後の1つは自分の前に。
いや、ティーカップオシャレ! こんな薄い陶器のカップ見たことないわ! 触った途端に割れない? もしかしてエルメスとかなの? 100万くらいするの?
「わたしの分……」
レイがとても悲しそう。
せっかくの紅茶もらえなかったね。注文の時ちょっとふざけたからって、マキ厳しい……。
と、玄関のチャイムが鳴る。
「は~い」
マキが立ち上がり、足早に玄関へと向かっていく。
「ど~も~」
マキがお礼を言って何かの包みを受け取っていた。
宅配か何かかな?
「ほい、これ」
紙袋からプラスチックのカップを取り出して、レイの前にトンと置いた。
「これは?」
「トールホットのホワイトモカエスプレッソ2ショットブレべミルクライトホットになりま~す♡」
マキがカップをくるりと回すと、見慣れた企業のロゴが!
「マジで注文してたの⁉」
「ハッハッハ! マキちゃんに不可能はない! なんでもお任せあれ、なのだよ!」
うーん。すごい!
これはドヤ顔をして良い場面!
「冗談でしたのにすみません。ありがとうございます。お代を――」
レイは恐縮しながらもカバンから財布を取り出す。
「おいおい後輩くん。芸能界では先輩に財布を見せるもんじゃないぜ。後輩はお礼を言って奢られる。金を出そうとするなんて、先輩に失礼ってもんだ」
マキがにやりと笑う。
「先輩かっこいいです~!」
「先輩! 先輩!」
「お~。かわいい弟子! かわいい親友! わたしをもっとほめたたえろ~!」
「ししょー先輩! 私の生配信に出てください~!」
「キャーマイベストフレンド先輩! ジョジョ苑奢ってー!」
「生配信出演OK! ジョジョ苑OK!」
え、いいの?
完全にふざけただけなのに。
「わ~い! ししょーありがとうございます~!」
「先輩も頼られるうちが華ってね。レイちゃんもさ~、そんなに畏まってないで、もっとゆるっとやろうぜ~」
「ゆるっと……ですか。ではわたしもジョジョ苑おねがいします」
「お、いいね~。この後みんなで行っちゃうか!」
マキが端末を操作しだす。
おそらく予約を取ってくれているのだろう。行動力すごいな。
「さて、打ち上げの準備もすんだところで」
マキがティーカップに口をつけてから話を切り出す。
「この脚本だけどさ、直したほうが良いところがあるね」
タブレットを見ずにマキが言う。
「どこですか~?」
メイメイが不安そうに尋ねる。
「まあ、全体の構成というか、コンセプトというかなんだけどさ」
つまり全ボツ、なのかな……。
「ミュージカルにしようぜ!」
ミュージカル?
「ミュージカルだよ、ミュージカル!」
「ミュージカルですか~」
「あれ? ピンと来てない? だってさ、出会いの流れがそもそも歌じゃない? 暗転ってなってるところも、ちゃんと歌ったほうが良いよ。それで時間が足りないなら前後の歌の時間も削って、30分めいっぱいミュージカルに使おう♡」
なるほど。
マキの言いたいことがわかってきたかもしれない。
「時間の都合でセリフ劇にしようと思っていたけど、コーナーの前後でメイメイの歌を入れるなら、劇中に取り込んだって良いわけか」
「そうそう、そういうこと♡ お客さんもそのほうが入り込みやすいと思うよ?」
「でも私、『ある初夏の日の出来事』はソロで歌いたくて~」
「良いじゃん良いじゃん。『今宵は満月~』のところで思う存分歌いなよ。曲調も合うと思うし」
たしかに良さそうに感じる。
うん、良さそう!
「冒頭の歌は……」
「そうだな~。キミたちの曲にバラードがもうないからな~。既存曲をどこかから借りてくるかな……。定番だけど、『ありのままで』とか? メイメイちゃんの雰囲気に合ってるし」
「雪月の姫だし。今回の衣装ももともとイメージが似てるし良さそう。一応『ありのままで』で仮決定ってことで良いんじゃないかな」
「それならレイちゃんといつも歌ってるのでいけそうです~」
「はい。さつきさんの『ありのままで』はみなさんに聞いてほしいです」
おお、それは期待大。さすがカラオケ民。
「あとはセリフの中で節をつけて歌うところを調整して~。それはちょっとわたしに預からせて。言い回しはわたしのほうで微調整可?」
「ありがとうございます~。ししょーにお任せします~」
「OK。任された! 2、3日くらい時間をもらえれば!」
助かるなあ。
持つべきものは親友先輩!
「よしよし、だいたいまとまったところで、打ち上げ会場に繰り出しますか~!」
「わ~い! お肉です~!」
「ジョジョ苑!」
ボクたちは大きく頷きあい、スッと立ち上がる。
高いお肉!
持つべきものはマイベストフレンド先輩!
「みなさん、重大なことを忘れています」
1人座ったままのレイが言う。
「重大なこと? 大枠ミュージカルの構成は決まったよね?」
何か見落としがあるのかな……。
「子守歌です」
「子守歌……ああっ!」
ラストのところ!
「あれはまあ、寝室に向かうところで終わるから、別に歌がなくても良いのでは?」
「う~ん、どうかな~。暗転、するのは舞台のセットチェンジ無理だろうし、それで良いと思うけど、演出的には子守歌がほしいね。うん、ほしい。暗転した中でカエデの子守歌が流れて少しずつ音を絞ってフェイドアウトして終わる。これで行きたいね!」
マジかー。
セリフの中の歌ならまだしも、その流れだとアカペラでソロですか……。
「子守歌で良さそうな何かあるかな~」
マキが首を傾げる。
子守歌で有名なのだと童謡になっちゃうからなあ。急に和テイストはちょっと違うよね。
「わたしが作ります」
レイが力強く宣言する。
「レイ⁉」
「わたしがかえでくんが歌う子守歌を作詞作曲します」
マジで?
作詞作曲なんてできたの⁉
「ほ~、オリジナルかあ。良いじゃん良いじゃん! 時間は1分くらいに収めて。子守歌だし、フレーズが繰り返す系の歌が良いと思う」
「承知いたしました。やってみます」
「あ、せっかくだから、もうちょっと細かく注文するね。サビを3回繰り返す流れにしよっか。1回目のサビはカエデが普通に歌う。2回目サビでメイメイちゃんと2人でセッションして歌う。それで『早く寝なさい』みたいな囁き声のやり取りがあって、3回目のサビを再びカエデがソロで。それがフェードアウトしていって終劇、みたいな感じはどう?」
情景が目に浮かぶ。
最後にもちょっと笑いがあって良さそう!
「わかりました。それを意識して曲を作ってみます」
お願いね、レイ!
「さ~肉食うぞ~! 行くぞお前ら~!」
マキの掛け声とともに、今度はレイも立ち上がる。
うおぉぉぉぉぉぉ!
にくぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!