第77話 ある初夏の日の出来事(後編)
「楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうもので、なんと、次が最後の曲となってしまいました……」
ハルルが申し訳なさそうに頭を下げる。
観客たちも「え~今来たばっかり~!」と抗議の声を上げながらペンライトを振って応える。
お約束の光景ではあるけれど、終わり際は名残惜しいものがあるね。ミニライブだからアンコールの時間も用意されていないし。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
何度も何度も頭を下げた後、ヘッドセットのマイクの位置を直して正面を向き直った。
「最後の曲は、昨日発売したシングルに収録されているバラード曲です。私たちの出会い、グループ結成の日の出来事をモチーフにした曲です。それではお聞きください。『ある初夏の日の出来事』」
照明が落ち、舞台中央に横並びになる5人。暖色系のやわらかなスポットライトが当たる。
この曲はメイメイがセンターの曲。
メイメイのアカペラによる独唱から始まる。
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ずっと1人 歩いてきた
孤独を感じたことはない
気づけば 暦では初夏の日
でもまだ少し 肌寒いね
隣には誰もいない ずっと1人でいることが当たり前だった
自分自身が孤独であることさえ気づかない
でもそこに憂いはない ただ無感情
悲しみなど感じたことはない
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ある初夏の晴れた日。
ふとした気まぐれで歩みを止めて木陰に座ってみた。
するとなぜか、1人の少女が自分の隣に腰を下ろす。
何か会話をしたわけじゃない。
ただ2人で座って空を見上げていた。
その木陰に、1人、また1人と少女たちが合流していく。
少女は再び立ち上がり、歩き出す。
今度は隣に誰かがいる。
誰かが転びそうになったら自然と手を差し伸べていることに気づく。
誰かがそばにいるって不思議。わずらわしいようでくすぐったい。
ふわふわしていてどこか落ち着く。
困難な出来事も1人で乗り越えるよりみんなで乗り越えたほうがつらくない。
楽しい出来事も1人でいるよりみんなで過ごせば喜びを分かち合える。
5人で進めば怖いものは何もない。
あれだけ慣れていたはずの孤独が、今は一番怖い。
これからも夏が訪れる度に強くなれる。
5人で進めば怖いものは何もない。
「この曲って、聞く度に印象が変わるね……」
つい独り言をつぶやいてしまった。
「楓には今日は、どんなふうに聞こえてるの?」
都がボクの耳元でささやく。
「そうだね……。不安を無理やり押しのけて、自分を奮い立たせようとしているように聞こえるかな」
初の単独ライブ。
ファンのみんなに受け入れられるのか、不安でしかたなかった。
こうして来てくれたファンのみんなに、楽しい時間をプレゼントできただろうか。
未完成のパフォーマンスを見せてがっかりさせていないだろうか。
だけどこれが今の私たち。
今できる精一杯の、全力の≪The Beginning of Summer≫を見てください。
そんな歌に聞こえるよ。
「それで良いんじゃないでしょうか」
レイがボクの隣に並んで立つ。
視線は舞台を見つめたままだ。
「うん。ボクもそれで良いと思う」
一歩ずつ。
急に階段を飛び越えていくことなんてできないんだから。
ファンのみんなと少しずつ前に進めたらそれでいいんだと思う。
「2人とも、何を達観してるのよ。難しいことを考えすぎよ」
都がボクとレイの間に入り、3人並ぶように肩を組んでくる。
「そう、かな」
もっとうまくいっているアイドルグループはいっぱいある。急に売れるアイドルグループだっていっぱいある。
でもボクたちにはボクたちのペースがあるって信じたいんだ。
「難しいことばっかり考えてないの。ねえ、この声を聞いて。ファンのみんなの声を聞きなさいよ。ね?」
曲が終わり、5人がゆっくりと頭を下げる。
そこにはファンのみんなの惜しみない拍手と歓声が注がれていた。
「そうだね。このライブはうまくいったんだ」
大丈夫。
「ボクたちはうまくいっているんだ」
だから明日からも歩いていける。
* * *
「みんな、お疲れ様! とっても良かったよ!」
ボクたち3人は笑顔でみんなを出迎えた。
「お疲れ様でした! 終わっちゃったね……」
ハルルの元気な挨拶。でもなんだか、それが少し物悲しく感じる。
「最後がバラードだとしんみりしちゃうね。でもホントに良かったよ」
さあ、撤収準備をしているスタッフの皆さんに挨拶して、邪魔にならないように早いところ控室にいかないと。
ん、みんな? 舞台のほうを眺めて、いったいどうしたの?
「会場の照明がついたのに、みなさんお帰りになりませんね……」
サクにゃんが不思議そうに舞台袖から観客席を覗いている。釣られるように他の4人も覗きだす。
「どうしたんでしょうか。会場のアナウンスも流れないですわね」
公演終了のアナウンスが流れて、観客席の人たちは出口へと誘導される手筈なんだけど、どうしたんだろう。
「あれ~? また電気が消えましたよ~?」
「何かトラブルかしら?」
「シオに連絡を――」
と、インカムで話しかけようとした直後、一瞬早くインカムからシオの声が聞こえてくる。
『全員、もう一度舞台へ上がるんや。これからサプライズ告知の時間やで!』
何? サプライズ告知?
『どうした~⁉ はよ~! お客さんが待っとるで!』
シオの催促を受けて、5人の背中を押し、再び舞台へと送り出す。
サプライズ告知なんて演出聞いてないぞ……。
「都、何か聞いてる?」
さすがに都は知ってるでしょう?
「なにかしら? 私、知らないわよ……」
え、マジで。怖いんだけど……。
真っ暗な中、5人が舞台に上がると、すぐさまスポットライトで照らされる。
大歓声。
舞台上のスクリーンには『席を立たずにしばらくお待ちください』の文字が流れていた。これを見て観客は誰も帰らなかったのか。
いったい何が……。
舞台上の5人……そして舞台袖のボクたちにはスクリーンを眺めることしかできない。
と、その時だった。
爆音のOvertureとともにスクリーンにメンバー紹介動画が流れる。最初と同じ演出? 何が始まるんだ?
これからライブ開始するかのような盛り上がりを見せる観客たち。手に持っていたペンライトに再び光を灯して一斉に立ち上がる。
1分ほどの紹介動画が流れ終わった後、真っ黒なスクリーンに白抜きの文字が浮かび上がる。
『来年1月より 定期公演『The Beginning of Summer ~ Monthly Party 2024』開催決定! 詳細は公式ホームページにて』
ななななんだって⁉
定期公演⁉ ライブができるの⁉
舞台上の5人はスクリーンを眺めたままリアクションが取れずにいる。素でびっくりして固まってしまっている様子だ。
対照的に異常な盛り上がりを見せる観客たち。
『ハルル! 何か反応を!』
慌ててインカムでハルルに指示を出す。
ボクの声を聞いて我に返ったように、ハルルが観客のほうに向きなおる。
「え、えっと、なんと、私たちの定期公演……が決まったみたいです! 私たちも初耳です!」
他の4人の目にも生気が戻る。
「定期公演ということは毎月ライブをするってことでしょうか⁉」
「え~、みんなに毎月会えちゃうなんてうれしすぎる~♡」
「どうしましょう。びっくりサプライズですわ~」
「私たち、がんばりますよ~。みんな定期公演きてくれますか~?」
ぎこちないながらも、何とか会話をつなげる5人。
いやいや、マジで誰にも言わずにこんなサプライズとか心臓に悪いよ!
と、舞台袖にいるボクたち3人の端末が震えてメールが着信する。
このタイミングってことは……。
『定期公演「The Beginning of Summer ~ Monthly Party 2024」開催決定』
ですよね。
いや、舞台で発表するより前に、このメールくれないかな?
えっと、中身は……。
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定期公演「The Beginning of Summer ~ Monthly Party 2024」開催決定
2024年01月から定期公演「The Beginning of Summer ~ Monthly Party 2024」開催決定した。
会場は東京公会堂を予定しているが、公演日時・会場は現在調整中である。
なお、月替わりで下記メンバーがメインMCを務める。
下記メンバー表は仮決定であり、各定期公演の最後に次回公演のメインMCを正式発表するものとする。
01月公演:夏目早月
02月公演:新垣春
03月公演:小宮桜&糸川海
04月公演:水沼渚&仙川零&七瀬楓
05月公演:新垣春&夏目早月&七瀬楓
06月公演:小宮桜&三井栞
07月公演:糸川海&後藤詩
08月公演:水沼渚
09月公演:新垣春&市川都
10月公演:糸川海
11月公演:小宮桜
12月公演:夏目早月&七瀬楓
詳しい日程については後日通達する。
以上
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なんだこれ?
メインMC? お当番回みたいなものなのかな?
って、普通にボクたちマネージャー陣の名前が入っているけど……。って、ボクの出番多すぎないですかね⁉
どうなっちゃうの、2024年⁉
第三章 シングル発売記念イベント・ソロユニット活動編 ~完~
第四章 定期公演 ~ Monthly Party 2024 ~ #1(Pre)編 へ続く
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ここまでお読みいただきありがとうございました。
次は定期公演に向けての準備が始まります!
波乱万丈な定期公演全12回の始まりです!
引き続きお付き合いいただけると幸いです。