第74話 ライブ直前の控室にて
リハーサルは何事もなく無事終わった。
今回はトラブルなし。
全員元気。
準備も完璧だ。
さあ、いよいよライブ本番ですね!
がんばるぞー!
「ねえ、みんな見て。お客様が集まりだしてるわよ」
都が部屋のカーテンの隙間から、外の様子を伺っていた。
「ホントですか⁉ サクラにも見せてください!」
サクにゃんミサイルが都に向かって飛んでいく。
今日は青い顔もしてないし、大丈夫そうで安心したよ。精神的にも強くなったね。
「すごいです~。いっぱい来てくれています~」
メイメイ、ハルル、ウーミーもカーテンに群がって外を眺め始める。
CD予約者の中から重複なしの1人1枚抽選のライブチケット200枚。決して大きな箱ではないけれど、今回は純粋に≪初夏≫のファンだけが集まった単独ライブだ!
天気も良いし、みんな来てくれて良かったね。テンション上がるね。
「あ、見て。あそこの人たち、ペンライト振ってコールの練習してるみたい!」
「いつもトーク会に来てくれる人いるかしら~?」
「さっちゃん、あそこ見てください!『#海桜』のうちわを持ってる人たちがいますわ~」
「ホントですね! あの人、サクラのトーク会に毎回来てくれる人だ!」
リアルでファンの人と触れ合うのは初めてに近いからね。みんな楽しそうで何より。
前はボクもあの中にいたんだよねえ。なんだか遠い昔のようだけど、このライブ前のドキドキは、見る側も一緒なんだよね。
アイドルとファンの気持ちが重なる瞬間。
これまでの努力の集大成を見せる時だ。
「なぎささん、大丈夫ですか?」
「あ、ああ。あーし? 私? 元気よ。準備万端100%やで~」
ん。どうしたナギチ?
明らかに顔色がおかしい。
口調もおかしい。完全に昔のエセ関西弁に戻っている。
「昨日はあの後ちゃんと休みましたか?」
レイが心配そうにナギチの背中をさする。
昨日の夜も遅くまで練習していたみたいだし、単純に寝不足かな?
「私が足を引っ張ったら今日のライブは失敗しちゃうから。私の出来にかかってるから……」
ナギチが消え入りそうな声でつぶやく。
メンタルか……。だいぶ追い詰められている様子。
「どうしたのさー。そんなに気負って。ライブ前の顔じゃないぞ?」
強引に会話に入っていく。
務めて明るく。
「カエちゃん……。私もうダメかも……」
「なーに。泣きそうな顔なんて似合わないよ? ナギチの良さはかわいい笑顔じゃなかったの?」
底抜けに明るく、ポジティブに自分が一番だと信じて疑わないところが強さ。いろいろな意味でムードメーカーなんだから。
「私、かわいいかなあ。レイちゃんのほうがかわいいなあ」
これはまずい。重症だ……。
どうしたもんかな。
「なぎささん。なぎささんはとても魅力的です。前のすべり芸のなぎささんも良かったですが、今のナルシストエルフのなぎささんはもっと素敵です」
「そ、そう?」
レイ、それは煽ってるのか褒めてるのか……。
まあ、ナギチがまんざらでもない顔してるから賞賛として受け取られてるのかな。
「なぎささんは宇宙一かわいいです。いいえ、宇宙二でした、うそをつきました、すみません。一番はかえでくんです」
いや、今は宇宙一にしておきなって。ここでそういう律儀さはいらないから。
「私のかわいさは地球を飛び越えてコスモレベルなんだ……ふふふ」
宇宙と書いてコスモと読むんじゃない。厨二病か!
しかしあいかわらずナギチはチョロいな。これでメンタル復活するのか……。ちょっと心配しすぎたかな。
「宇宙一のかえでくんから一言お願いします」
うわー、最後に無茶ぶりしてきたー。
「あー、えっとー。ナギチのかわいさもずいぶんな高みになってきたね。極まってきたよ。だけど、上には上がいることを認めて、ますます精進するように、ね?」
「カエちゃん……好き!」
ナギチが泣きながら抱きついてくる。
レイももらい泣きしていた。
なんだこれ。これで合ってるの?
ようわからんぜーしかしー。
「パチパチパチ。今のコント、とってもおもしろかったです~」
メイメイがかぶりつくようにこちらを見ていた。
そして、サクにゃんが撮影している。
「しっしっ。これはコントじゃない! 見世物じゃないから撮影禁止!」
流出したらシャレにならない。
シオがこの場にいなくて良かったよ。
「みっちゃん……好き!」
サクにゃんがウーミーに抱きつく。
こら、すぐにマネするんじゃない!
「わ、わたくしも好きですわっ!」
うーん。もうなんか2人でしあわせになって、その辺で爆発しておいてください……。
ところでナギチ、もう離れてくれる?