第68話 都がダイエットしている理由
「楓。聞いてくれる? 私がこうしているわけを……」
うーん。
都がダイエットしている理由かあ。
びっくりするほど興味ないな……。
いやね、別に都のことが嫌いなわけじゃないんだよ?
なんかこう、「100kg超えてる人が50kg切りました!」みたいな劇的なやつはCMとで見てても、「お⁉」ってなるよね。でもさー「やーん、100g太っちゃったから夜ご飯食べなーい」って誤差だろ! って思っちゃうのよ……。
都はもともとスラッとしてるし、きびきび動くから基礎代謝もいいだろうし、ダイエットしなきゃいけない要素がどこにもない。
あれだけ甘い物を食べ続けているメイメイがどうして太らないのかのほうが100億倍気になるんですけどね!
あ、それとちょっとさ、最近ウーミーのシャープだったお顔がふっくらしてきた件について。
「最近のうちの研究チームのテーマが『味覚』なのよ」
「へぇ、味覚? ロボットに組み込むの?」
「詳しくは言えないけど、そういうことよ。人工舌の研究をしているのよ」
都が、べー、と自分の舌を出して指さす。
舌長っ。
「病気などで舌の手術を行った方に、前と同じ味覚、触覚で食事ができるような舌を作るのがテーマよ」
「相変わらず社会貢献がんばってるんだねー」
都たちの研究チームはいろいろ作っているけれど、全部のパーツを組み合わせると、そろそろ合体して人間と同じようなロボットが出来上がるのでは?
「やりがいがあって良い仕事よ。良かったら楓も見学に来ない?」
ロボット研究で医療に貢献かあ。
社会に必要な立派な仕事だ。
将来の仕事……まだピンとこないや。
「ボクが見ても良いものなら、いつかどこかでお願いします」
都、サクにゃん、ナギチの違う一面も見ることができるかもしれない。そういう意味では貴重な機会だろうな。
「学生の見学はたまに受け入れてるのよ。だから大丈夫だと思うわ」
「工場見学みたいなものかー。みんなで見に行くのもいいね」
「みんなで来られたらちょっと恥ずかしいわ……」
授業参観に親兄弟親戚がそろってくるようなものかな。まあさすがに気恥ずかしいか。……よし、みんなでいくか!
「ところでその人工舌の研究をしているとなんでダイエットしないといけないんだっけ?」
一応聞いておこう。
そろそろ体が戻る時間だから。早めに頼むよ。
「そうなのよ……。何周か比較試験を繰り返すんだけど、ちょうど今が私の味覚をモデルにした試験中なのよ。私の感覚と人工舌の感覚差を確認する実験をしているの」
「ふむ?」
何言ってるのかよくわからない。
「つまりね。私がイチゴを舌に乗せた時どう感じるか。毛がざらざらしているな。種のつぶのあたりがでこぼこしているな。果肉を噛んだら汁が出てきて甘い、酸っぱい、水っぽいな。外はつるっとしているけれど、中からは繊維質の果肉が出てくるな。みたいな感覚があるのよね」
「うん、まあ、だいたいイチゴはそんな感じだね」
「それはとちおとめですね~」
メイメイが言う。
え、今の話だけでブランドがわかるの⁉
「えっと、どうだったかしら……」
都が悩みだす。必死に思い出そうとしてくれているのか。
「気にしないで良いから先進んで?」
正解のわからないクイズをしている時間はなさそうなので……メイメイごめんね。
「ええ、そう、それで、同じように人工舌にもイチゴを乗せてどう感じるかのデータを取るの。私の舌のデータとの差を取って改良を加えていっているのよ」
「すごいなあ。人間の舌と人工の舌で同じように感じられるようになっていくんだね」
それなら理論上、舌を失った人が装着しても、人間が感じるのと同じ食感や味覚を手に入れられることになる。まさか遠隔でも? 恐ろしいな。
「それをパスしていくと、このあとは実際に人間が装着しての感覚テストになっていくわ」
「『脳波信号バイパスくんUltima』の出番ですね」
レイがぼそりとつぶやく。
ああ、あの体の自由を奪う機械!
「そうよ。零、冴えてるわね。『脳波信号バイパスくんUltima』を使えば、私の舌の感覚を人工舌に置き換えることが可能よ。それで最終調整をしていくことになるわ」
あの自由を奪われる感覚ってホント怖いよ。
動かしたいのに動かない。
恐ろしい機械ですよ。
「それで……なんでダイエットしてるんだっけ?」
やさしいボクでももう次は聞きませんよ?
そろそろ着替えの準備をしないと……。
「そうだったわ。全部、渚さんのせいなのよ……」
「……いじめられてるの?」
研究員のいじめとか、究極的に恐ろしい……。お茶に薬品混ぜられて殺人事件に! って可能性も十分にあるけどどうなんだろう。
「私……いじめられてたのかしら……」
都が真剣な表情で悩みだす。
「あ、うん。ちょっとした冗談だからね? マジでいじめられてるなら、麻里さんなんとかしてあげて?」
さすがにそれは教授の監督責任ですよね?
「え、私か? めんどうだなあ」
うわ、普通にめんどうって言ったよ、この人。大人として最低じゃん……。
「ミャコちゃんかわいそう。ミャコちゃんをいじめないでください~」
メイメイがわりと真面目に怒っていた。
いや、ここにはそんな人はいないから……。おそらくナギチもそんなことはしないと思うよ。
「それでナギチのせいというのは?」
仏の顔も三度まで……。早くして?
「そうなのよ。渚さんがね、私の実験の時だけ、ケーキやゼリーやプリンやタルトや……高カロリーなものばかり持ってくるの!」
都が涙目で訴える。
ん、つまり、味覚の実験に手作りスイーツを用意されて、それをたくさん食べたから太った、と?
「実験ならそんなに食べなきゃいいだけでは?」
ちょっと舌に乗せるだけですよね?
「おいしいのよ! 渚さんの手作りのお菓子はどれもおいしいの! 手が止まらないのよ!」
ふむ。これは完全に自損事故ですね。
「太ると思うなら食べなきゃいいのに」
ボクがぼそりとつぶやいた。
「かえでくん、それはあんまりです」
「楓、それはおかしい」
「カエくんひどいです~」
「うぅ……楓ひどいわ……」
やばい、また何かやっちゃいました?
「目の前にあるものを食べないでいるほうがストレスが溜まって逆に太るんですよ」
えー、そういうものなの?
「だからミャコちゃんは食べた後でダイエットしてるじゃないですか~」
うーん、そういうものなの?
「一瞬で脂肪をスライスする。FSクッキーというものがあってだな」
麻里さんがニヤニヤしながら言う。
なんかどこかで聞いたことあるような……。
「そんな危険なクッキー食べられないですよ!」
都が悲鳴のような声で抗議する。
まあ、どう考えても危ないやつだよね……。
「それで、今の状況になっている、と?」
その謎の液体に浸かってダイエットを?
「FSクッキーは嫌だと泣くのでな、しかたなくMETs値を10倍に上げる液体をつくってやったんだよ。これに浸かっているだけで、ジョギングやウォーキングの数倍のカロリー消費になる計算だ」
ふーん? METs値ってなんだろ。なんかすごそうだね?
「楓は興味なさそうだな」
麻里さんが意外そうな顔をする。
「ボク……別に太ってないもの」
無理にカロリーの消費とか気にする必要ないもの。
「あ」
全員のするどい視線がめちゃくちゃ突き刺さってくる。
またやっちゃいました?
あ、やばい。
体が熱くなって――。
「うわああぁぁぁぁぁぁ!」
燃える!
体が燃えるように熱い!
都に呪い殺される! 助けて……。
「えでくん、かえでくん、かえでくん、元に戻ったみたいですね。残念です」
うお、また気を失ってた。
……レイ、今、残念って言った⁉
「うーん。この再構成の時の耐え難い発熱は何とかならないんですかね……」
もっとスマートに変身できるなら気軽に飲めるんだけどな……。
「さすがにアニメやマンガの世界ではないからな。地味に書き換わるのを待ってもらうしかないな」
麻里さんでもそこが限界か。
まあ、でもそうですよね。
「あー、服破けちゃった。ごめんなさい」
「1時間45分か。少し予定より早かったな。仕方ないよ」
麻里さんが時計を確認して笑った。
まだ余裕だと思って油断してたわー。
でも、おかえり、元のボクの体!
「これがホントの人体再構成ダイエット、なんちゃってー」
「私、楓のことキライよ……」
都がボクの体を一瞥すると、液体の中を泳ぎながらそっぽを向いてしまった。
へっへっへ。
やっぱり都と話すと潤うわー。