第66話 ≪REJU_s≫なら10歳、≪REJU_b≫なら20歳
「なんだってー⁉ ぼぼぼボクの身長が縮んでるー⁉」
どう見ても小学生……ああっ⁉
どうなってんのこれ⁉
「な~、すごいだろ?」
麻里さんがしたり顔でボクの肩を叩く。
すごいだろ、じゃないですよ!
どうしてくれるんですか⁉ 麻里さんよりちっちゃくなっちゃったよ!
「もうがまんできません!」
再びレイに抱きあげられてしまう。
鼻息が荒いっ!
「ちょっと、レイ。おろしてよー」
「いやです。もう離しません!」
レイの左腕で抱えられ、縦抱きにされる。背中に回された右手にはなかなかどうして、普段では考えられないような力がこもっていて、ボクの体をがっちりホールドしている。
ボクは諦めてレイの肩にあごを乗せ、ため息をつく。
これって、完全に子供じゃんね……。
見ればレイの肩越しに、メイメイが小さく手を振っていた。いつでも楽しそうで何よりだよ……。
「レイ……おろしてよー」
「ダメです! もうわたしのものです。家に連れて帰るんです」
レイはボクのほっぺたに、そのモチモチしたほっぺたをくっつけてくると、プルプルと頭を揺らして抗議する。
ア゛ア゛ア゛ア゛ダメだあ。
レイが話を聞かない子になってしまった。まあ、でも帰る家は同じなんだけどね。
「零。薬の効果は約2時間だぞ」
「そう……でした……」
レイががっくりと肩を落とした。
おっとと。ボクは滑り落ちそうになり、レイの首にしがみついて何とか耐える。
しかたないなあ。背中をポンポンしてあげるか。
そんな落ち込まないで元気だしなよ。ポンポン。
「≪REJU≫シリーズならすぐに作れるからなくなったらいつでも言え。ただし、楓以外には絶対に飲ませるなよ」
麻里さんが念を押すようにレイに言う。
ボク以外が飲めない薬っていったいなんだ……。
「えっと、ボクはいったい何を飲まされたんです? 幻覚? ホントに子供になってるように見えるんですが……」
その≪REJU≫シリーズって何なの?
なにがどうしてこうなった?
「正真正銘、子供の体になっているよ。前に少し説明しただろう?『意識のアップロード』の副産物だよ」
麻里さんはボクの頭を一撫ですると、自分のデスクのほうへと歩いていく。
「そしてあの、黒の組織を真似た、ちょっとしたお遊びさ」
あの黒の組織ね……。って、そういうマンガには「危険なので絶対に真似しないでください」って書いてありますよね⁉ そういう注意文は絶対守ってくださいよ⁉
「冗談はさておきだ。前回の復習になるが『意識のアップロード』とは、人間の脳を解析してデジタルデータ化する研究のことだ。覚えているか?」
はい、前に聞いた話ですね。
デジタルデータ化した脳の情報をクローン人間にインストールする。
そしてその実験の中でアカリさんが作られた、と……。
「デジタルデータの一部は運用可能だ。デジタルデータ化された脳の中に記録されている年齢情報は自由に書き換えることができる。それが今回の≪REJU≫シリーズの作用だよ。≪REJU_s≫なら10歳、≪REJU_b≫なら20歳時点の遺伝情報に再構成されるようにしているわけだ」
「えっと、つまり……薬の作用で、ボクの脳が自分の体を10歳だと認識して、実際に体を作り直したってことですか?」
いまいちピンとこない。
なんでそんなことができるんだろう。
「その通りだ。脳の指令によって、肉体は10歳時点の人体構造に書き換えられて再構成される。ああ、人体の再構成にはたんぱく質をかなり消費するから、今のうちにこっちのサプリメントも飲んでおくように」
そう言ってデスクからもう1つピルケースを投げて寄こす。
≪たんぱく質バンザイ≫
もっと他に名前なかったんですかね?
まあ、素直に従って飲んでおくか。
「かえでくん、これを」
差し出されたマグカップには、フタがついていてフタの真ん中からストローが伸びている……赤ちゃん用のやつじゃんか!
「赤ちゃんじゃないから普通のペットボトルでも飲めますけど……」
「ぜひこれで!」
そうですか、写真を撮る気なんですね。
しかたない。
レイに言われるがまま、フタつきのマグカップのストローから水を吸ってサプリメントを飲んだ。
終始その様子を撮影し続けるメイメイ。
はあ……何やってんだろ、ボク。
「それじゃあ≪REJU_b≫を飲むと20歳になれるってことですか?」
どっちかというと、そっちのほうが興味あるな。
「ああ、同じく効果は2時間程度だがね。あくまでお遊びだから、作用時間を限定して元の年齢に再構成されるようにしてある。楓が本気で20歳になりたいなら、年齢を完全固定するように調合した薬を作ることもできるよ。私のようにね」
ああ、麻里さんの見た目はそういうことなのか。
会う度に印象が違うのは、脳内の設定年齢をちょこちょこいじってるってことなんだ。いや、ちょっと納得しかけたけど、なんでそんなことができるんだ? ホントとんでもないな、この人は。
「いや、ちょっとまだその勇気はないです……」
みんなと年相応の成長をしたいなって思ってます……。
「そうか? 気が変わったら言ってくれ」
麻里さんは心底意外だ、という顔をした。
まあ、年を取ったら若返りたいという気持ちが出てきたりもするんでしょうね。まだちょっとそういう感覚はわからないですが。麻里さんって実年齢は、どれくらいなんですかね?
「麻里ちゃん、私もその薬ほしいです~」
メイメイがせがむ。
「すまんな。私……と楓の脳データしか用意できていないんだ。それに人体の再構成を汎用化するのは簡単ではなくてだな……。すまん理解してくれ」
麻里さんが頭を下げる。
麻里さん自身のはわかるけれど、なぜボクの脳データを用意しているの? メイメイやレイと比べればボクとは出会ったばかりなのに。もしかして、構造が単純とかそういう理由なのか……。
「ああ、忘れていた。楓には大切なことを伝えておかなければならんな。これだけは冗談抜きで守ってくれ」
麻里さんが真顔になる。
「え、なんです?」
こんな真剣な表情をするなんて……。ちょっとこわいな。
「≪REJU≫シリーズは1回に1カプセルの服用にとどめてくれ。2カプセル以上飲んだら……」
「……もし飲んだら?」
ごくり。
「細胞が崩壊して死ぬ」
「え、えええええええ⁉」
死ぬ⁉
やばばばばばばばばばい!
「≪REJU_s≫を2カプセルなど、同じ効果のものならまだ助かるかもしれんが、≪REJU_s≫の効果がある状態で≪REJU_b≫を飲むのだけは絶対に避けてくれ。必ず1つの効果が切れたこと、再構成時のたんぱく質の消費熱が引いたことを十分に確認してから次のカプセルを服用するように。これはフリじゃないぞ」
「は、はい!」
さすがにいきなり細胞が崩壊して死ぬのはこわいです……。
「カエくん死なないでください……」
「死なないから! そもそもこんな薬使う場面なんてないでしょ!」
危なすぎるから今すぐ返したいんですけど。
「かえでくん……わたしのために≪REJU_s≫を飲み続けてください」
レイ、なんで泣いてるの?
しかも≪REJU_s≫限定ですか……。
「でも用法用量は守って、1回1カプセルずつだよ……」
今日またレイの新たな性癖が判明してしまったのだった。