第16話 ペーパーフラワーとメンカラー
「集まりが悪いわね……。もう17時5分よ。」
花さんが若干苛ついているのがわかる。
数日間の観察によると、花さんは時間に厳しい。社会人なら当たり前なのかもしれないけれど、ここに集まっているメンバーは未成年ばかりだ。
「先に自己紹介など始めていても……良いのではないかと……思います!」
ハルルが手を挙げながら、機嫌をうかがうように発言した。
さすがリーダー。
「わ、私も同じ意見です。このまま黙って待っていても空気が重くなるだけですし」
ハルルの正面に座っている市川さんが援護射撃を入れる。ポニテ同士だから気が合うのかな? 2人とも“赤”だし。
「そうですね……。彼女たちも学校が遅くなっているのでしょうし、少し先に始めていましょうか」
と、花さんも同意した。
出席者を見渡してみる。
横長のテーブルを2つくっつけた上手の細い方、いわゆるお誕生日席に、花さんが進行役として座っている。
横長のほうの席には、それぞれボクの作ったペーパーフラワーと名札用の画用紙(それぞれ自分で書く)が等間隔で置かれている。
マネージャー側が上手から、“赤”市川都さん、“青”七瀬楓(ボク)、“桃”三井栞さん、“緑”後藤詩さん、そして一番下手の席が空いていて“紫”仙川零さんがまだ来ていない。
アイドル候補生側が上手から、“赤”新垣春(ハルル)、“青”夏目早月(メイメイ)、“桃”小宮桜(サクにゃん)、あと2つが空席で“黄”の花と“水”の花が置かれている。
アイドル候補生側の花の色は、≪初夏≫のメンカラーに対応しているようだ。
マネージャー側もバディと同じ色……の人もいればそうではない人もいそうだ。よくわからない。
“赤”市川さんとハルル、“青”ボクとメイメイ、“桃”三井さんとサクにゃん、ここまではおそらくバディだろう。
後の2組は何だろう。
マネージャー側は“緑”と“紫”。アイドル候補生側は“黄”と“水”。
“水”は水沼渚、ナギチだとして、“黄”はなんだ……。
糸川海、ウーミーのメンカラーは“緑”だ。
ボクが指示を見間違って作っちゃったのかな……。
「ひゃんっ!」
変な声出たー。
急に脇腹をちょんちょんと触られて辺りを見回す。市川さんが「あっち」と小声で花さんのほうに視線を送っている。
「楓! 七瀬さん! 聞いてますか? 自己紹介、あなたの番ですよ」
あ、やばい。1人の世界に入っていた。
「すみません、ちょっとぼんやりしてました。疲れたかな。ハハハ……」
「カエくんが1人でこの会場の準備をしてくれたんですよ~。お花もきれいでしょう? カエくんはがんばり屋さんで私のバディなんですよ~」
メイメイ紹介してくれてありがとう。
でも褒められすぎてちょっとくすぐったい。
「七瀬楓です。よろしくお願いします」
「わ~、拍手~。パチパチパチ」
メイメイがめっちゃ盛り上げてくれる。
「楓、交流の場だからもう少し何か……趣味とか、自分のことを話してみて?」
「カエくんの趣味! 私気になります~」
「早月、あなたはちょっと黙っていなさい」
花さんに怒られてメイメイがいじけてしまった。
イジケ虫のメイメイもかわいい。
「趣味……」
ボクの趣味は何だろう。
≪初夏≫と出会ってからの2年余り、ずっと≪初夏≫のことばかり考えてきた。
それ以前は?
もう思い出せない……。
『メイメイ一生最推し~Eternal Love~』になる前のボクは、自分自身が思い出せないくらい、何もなかったんだと思う。
「趣味は……アイドル……の勉強中かな?」
苦し紛れに言ってみたけれど、遠くはないと思う。
≪初夏≫のことを調べたり語ったりするのが好きなのだから。
「アイドル! わ、私もアイドルが好きでっ! 母の影響……って言って良いのかな……。少し昔のアイドルに興味があって――」
ハルルがポニーテールを揺らしながら勢いよく立ち上がる。
「21世紀になってからアイドルというのは――」
ハルルのアイドル歴史論が始まったので、まあこれでヨシとしよう。
「や〜遅れやした~。すんませ~ん」
堪忍な~と、軽く手を合わせながら席に着く。
飲み会に遅れたおっさんか。
「水沼渚です~。みなさん仲良くしたってや~」
ナギチは軽い挨拶をして、自席のコップに注がれていたオレンジジュースを飲み干した。
「走ってきたからノド乾いてしもうたわ~。すんません、もう1杯いただけます?」
ナギチが空のコップを持ち上げると、ほつれ髪を耳にかけながら、「どうぞ」と斜向かいの後藤さんがオレンジジュースを注ぐ。今日はきれいな黒髪を後ろで1つに括っている。
1つ1つのしぐさに色気があるというか、ペットボトルのオレンジジュースを注いでいるだけなのに、お酒でもお酌しているように見えてしまう。
「おおきにおおきに、おっととと」
ナギチが、オレンジジュースがなみなみと注がれた紙コップに慌てて口をつける。
お酒に見えたのはおっさんのせいか!
「あ~あ~。すっかり遅くなっちゃったわ! みんな盛り上がってる?」
ニコニコしながら近寄ってきたのは、長身の女の子。三井さんと同じか、それよりも身長が高そう。
モデルのようにすらりとしているのに、甘ロリ系のワンピースにハーフツインと独特の雰囲気がある。
……誰だ?
「灯、遅いわよ」
花さんが甘ロリの子に声をかける。
そして、アカリと呼ばれた子は、ナギチの隣、“黄”の花の席に座った。