第54話 アイドルやってて楽しい?
『まあいいや。カエデの話はいったん置いておこ。ところでメイメイちゃんはさ、今の自分の状態ってどう思う? アイドル楽しい?』
いきなり心臓を止めにかかるような、そんな核心を突いた質問をぶつけてくる。
アイドルやっていて楽しいか。
一瞬迷ったそぶりを見せた後、メイメイが口を開いた。
「私は……ファンの人たちがいて、カエくんたちがいて、応援してくれて、だからアイドルでいられる、のかなと……」
メイメイは一言一言を選びながら、ぽつぽつとしゃべる。
『そっかそっか。それで、アイドルやってて楽しい?』
マキは決して逃がしてくれない。
「楽しい……のかな。でも、私はお母さんを超えたくて。そのためには楽しいことだけじゃなくて苦しいこともがんばれるから……」
『ふ~ん。お母さんは元アイドルだったのかな? まあそれはいいや。でもそうだよね~。全部楽しい仕事なんてないもんね。楽あれば苦ありって、山あり谷ありだからドラマチックで見てる人も目が離せないっていうかさ』
そうだ。今は苦しい時期なのかもしれない。
でもそれを乗り越えさえすれば……。
『だけどわたしが考えるに、芸能人、っていうかさ、アイドルは特にそうだと思うけど、夢を売る商売なわけよね? 苦しい、努力してます、がんばってます、っていうのもエンタメとして魅せないといけないわけじゃない? マジもんの苦しさは誰も見たくないよね。誰しもみんな少なからず苦しみを抱えてて、それぞれ自分の現実だけで手いっぱいなんだからさ」
アイドルは夢を売る仕事。
アイドルとは偶像。あこがれの存在。信仰の対象。
『ねえ、気づていてる? 今さ、メイメイちゃんの顔にそれ出ちゃってるよ』
「私そんな……」
メイメイが顔を押さえて固まる。
『厳しい話、ファンの子たちにエンタメ提供できてないんじゃ、芸能の世界にいる者としてどうなのよって話なんだよね~。たとえばハルちゃんは、配信中も悩んでる姿見せてるけど、なんかかわいいじゃない? がんばれ~って応援したくなるようなさ。ファンの子たちと苦楽を共にするってああいう感じじゃないのかな。ね、どう思う?』
淡々と指摘するマキの言葉が重くのしかかる。正論。圧倒的に正しい。それだけにつらい……。
アイドルとしての自分。その自分を楽しめているか。
うまくいかないことや苦しいこともある。でもそれを時にはコミカルに、時にはシリアスにエンターテインメントとして魅せないといけない。ファンが一緒に疑似体験した時、そのつらさに共感してもらえるのか。未来に広がる楽しい夢を魅せられているのか。実際にその苦しさを抜けた後、爽快感を提供できているのか。そして、これからも応援したいと思ってもらえるのか。
時には私生活をさらけ出し、自分自身の失敗と成長を見せ、それでいて美しい夢を魅せ続ける必要がある。
でもそれは言うほど簡単なことじゃない。
『わたしが言いたいのはね、メイメイちゃんがアイドル向いてないとかそういうことじゃないよ。きれいだし、かわいいし、大丈夫大丈夫。ね、そんなつらそうな顔しないで。ほら、アイドルはスマイルスマイル♪』
マキがおどけるように、自分の口角を持ち上げてみせる。
『さっき応援したいって言ったのはホントだよ。目標を雲より高くぶち上げてさ~、そのままのテンションでずっと活動できるなら、てっぺんとることだって夢物語じゃないと思うよ。だけどね、そういう夢を今から一緒に見てくれるファンはそんなに多くないと思うんだよね。あくまで現時点ではって話だけど』
「現時点では?」
『リアルに売れてきて、てっぺんが近づいてきたとするよ。その匂いが感じられるようになってきたら、その時のファンの子たちはたぶんその夢を一緒に見られるとは思うよ。でも残念ながら今は、その目標に現実感がなさすぎるんだ。だってメイメイちゃん達って、まだ単独ライブもしたことないでしょ?』
現実感、か……。
たしかにそうなのかもしれない。
1つ1つチャレンジと成功を積み重ねないと現実感は生まれてこないよね……。
『わたしが言いたいのは、遠くの目標を持つのはとってもいいことだけど、もっと近い目標をファンと共有しなよってことだよ』
「近い目標、ですか~」
「それをファンと共有する……」
わかるようでわからない。
どうやってファンと目標を共有すればいいんだろう。
『あれ? ピンと来てない感じ? メイメイちゃんのその困り眉かわいいね~。ビデオ通話じゃなかったら眉毛ペロペロしたのにな~♡ メイメイペロペロ~♡』
メイメイが慌てて両手で眉毛を隠す。
舌出して高速でペロペロするのやめなさい。
それ、若手女優がやっていい芸じゃないからね⁉
『絶対これをやれって話じゃないけど、わたしが昔やってたこと教えようか?』
「ししょー! お願いします~」
メイメイが深く頭を下げてお願いする。
『どうしよっかな~。頭下げられてもな~。マキちゃんアガペーの人じゃないし、対等な取引がいいな~。誠意は形で見せてほしいな~』
マキは通話中のスマホをどこかに固定すると、ニヤニヤしながら立ち上がる。そしてなぜか、ベッドに寝ころんでストレッチを始めだした。
『マキちゃんもせっかくのオフだからさ~、なかなかに忙しいんだよね~。積んであるBL本読んで日課もしないとだしさ~』
そんなもので何の日課をする気さ……。
「ししょー……。たとえばこういうのはどうでしょうか……」
『お? どんな誠意を見せてくれるのかにゃ?』
メイメイの言葉に反応し、マキがベッドから飛び起きる。
「パンツを……」
ん? メイメイなんて?
『ふむ? 詳しく聞こうか』
マキが身を乗り出してくる。
「ししょーに、今身に着けてるパンツを差し上げます!」
メイメイが顔を真っ赤にしながら宣言した。
は? なんて?