第53話 アガペー、そしてボクの使命
なぜボクがメイメイのために尽くすのか。
その問いに対して、ボクの中に明確に答えがあるわけじゃない。
「ボクがメイメイに抱いている愛はアガペーなのかもしれないね……」
その感情は「アガペーだ」そう言われると、そうなのかもしれないとも思う。
完全に腑に落ちているわけじゃないけどね。
『カエデ~。人に何かしてあげようって気持ちにはね、隠したり隠さなかったりするけれど、何かしらの下心があるものなんだよ。下心って言ってもいろいろあるからね? 別に性的な意味だけじゃないし。褒められたいとかお金が欲しいとかそういうのもあるよ』
「うん。でもボクはメイメイが活躍するために、トップアイドルになるために、武道館でライブをするために、ボクができることを全部やりたい。その景色を一緒に見たい。それしかないんだよね。なぜって問われるなら、それが答えかな」
他に何もない。
メイメイがトップアイドルになるためにできることをすべてやりたいだけ。
『それだけって言われてもな~。活躍させてどうしたいの? マネージャーとして評価されたい? お給料いっぱいもらいたい?』
「うーん。ボクはもともとただの1ファンだし、マネージャーはたまたま与えられた役割というか……」
気づいたらマネージャーだった、みたいな感じだし。
「カエくんは出会った時から、私のことを応援してくれてましたね~。とっても勇気づけられてましたよ~」
メイメイが目を閉じて思い出を反芻しているようだった。
「ボクはずっとメイメイのファンだからね」
もう遠い昔のような気がするけれど、初めて出会った時から心臓が高鳴りっぱなしだったよ。
何度握手会に足を運んでも、思うように話せなくて、帰りの電車では反省会ばかり。オンライン個別トーク会になってからは、何時間も練習してから画面越しのメイメイとお話ししたよ。それでもうまくしゃべれなかったけどね。
でも、マネージャーになってからはだいぶマシになった気がするかな。
一緒にいる時間が長くなったおかげか、それとも女の子になったおかげなのか、心臓が高鳴る場面も減って、より集中してメイメイのために働けるようになった気がする。自分のことを特別だなんて思わないけど、マネージャーになれて、直接メイメイがトップアイドルになっていく姿を応援することができるようになって、本当に良かったなって思うよ。
『ちょっと~。急に2人だけの世界に入るのやめてくれないかな~? もっしも~し?』
あ、やばい。
回想モードに入ってたわ。
「ごめんごめん。なんかちょっと楽しくなっちゃって」
「ししょーごめんなさい。思い出しカエくんがかわいくてつい」
ん……たぶんボクとメイメイは、それぞれなんか違うことを回想してたな。
「そういえば、かえでくんは、いつもさつきさんのことを語る時、『使命』という言葉を使いますよね」
レイが指摘する。
そう、ボクの使命だ。
「ボクの使命。メイメイをもう一度あの頂に。みんなが安心して崇拝できるアイドルに。アイドルの笑顔で世界を救うために」
『ほ~。こりゃまたずいぶんとぶち上げましたな~。世界を救うと来ましたか。にゃるほど~』
マキがあごを撫でながら何かを思案している様子だ。
「わたしにはなぜか、かえでくんならそれができると思ってしまう。同じ夢を見ていたいと思ってしまうんです」
レイがそっと指を絡ませ、手をつないでくれる。
レイはいつもボクのことを応援してくれるね。勇気をくれる。1人だったらできないことも、レイがいて、シオや都やウタがいたらできる気がしてくるんだ。
きっとそれは≪初夏≫の5人だってそうなはず。
メイメイ1人だと、きっと頂には到達できない。目指す頂は、5人が良いところを重ね合わせてやっとやっと指先が引っ掛かって届く、きっとそんな場所にあるんだと思う。
『おろろ。2人ともマジで言ってるんだね~。デビューしたばっかりのアイドルグループとは思えない目標設定だにゃん。だけどマキちゃんそういうの好きだよ。うん、応援したくなっちゃう』
「ありがとう。共感してくれてうれしいよ」
『共感? 共感したわけじゃないよ? そのモチベーションを保ち続けられたらきっと行くところまで行くだろうなって、そういう期待を持ったってだけ』
「そっか。でもボクは知っているんだ。理想を知っているからそれに近づくためにこの身を捧げるだけだよ」
メイメイを覚醒させる。
あの輝きに近づきさえすれば、頂は見えてくるんだから。
『お~お~えらいね~。やっぱりカエデはアガペーだね。でもさ、カエデは上ばっかり見ているけど、足元はどうなってるの?』
「足元……」
『今、メイメイちゃんは何をしてるのかな~? 朝西ではただのエキストラだったじゃない? 生配信でも満足にしゃべる場面も作れず。今はカエデに感謝の言葉も拒否されて泣いてる、それってカエデの思ってる理想的な状態なのかにゃ?』
ぐうの音も出ない。
ボクはホントに何をやっているんだ……。
メイメイのために何もできていないじゃないか……。
今、怖くてメイメイのほうを見ることすらできない……。