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第49話 エチュードの後で

「エチュードどうやった? みんな楽しんでくれたか?」


 シオがカメラ目線で手を振る。

 ボクはそれを横目でジロり見やる。ちなみに他のみんなは料理に夢中だ。


「ちょっとみんなー。配信中だからね⁉ せめてエチュードの感想くらいは……」


“エチュードおつ!”

“なかなかエロ楽しかった!”

“ないすエロ”

“チィタマやるやん”

“あとでスロー再生でポロリ検証するわw”

“チィタマいける”

“ずっとそのかっこうでもいいよwww”


「このかっこう、マジで恥ずかしいんだからね! コメントでエロエロ言ってるやつ、名前覚えたからなっ!」


 キィー!

 覚えとけよー!


「な~に♡ 脱いじゃうの? カエデ~、セクシー路線いくの?」

 

「キャッ」


 いつの間にか近寄ってきてたマキが背後から胸をわしづかみにしてくる。


「もう、いつもやめてって言ってるでしょ! パット崩れちゃうからダメッ!」


“いつも……だと”

“ゴクリ”

“どんな現場なんだ……”

“いつも揉んでるのか……なるほど”

“パットくわしく”

“もっとおねがいします!”

“マキ様お願いします”

“完全に扉開いたわ……”


「こんなの全部パットだよ! ボクの胸がこんなに大きいわけないでしょ! 役作りの特殊メイクみたいなものなの! もうそういうのわざわざ言わせる? みんなサイテー!」


 ちょっと、カメラ! 胸のアップとかやめなさい!

 もう誰よ、今日のカメラワークずっとおかしいよ⁉


「んふ♡ カエデはサービス精神旺盛ね♡ ファンの子たちのことが好きなんだあ」


「何言ってんの……。≪初夏≫のファンの人たちはもちろん大事だけど、それとこれとは話が別……」


“ありがとうございますありがとうございます”

“大きくても小さくても好きだー!”

“うぉーカエデー!”

“チィタマラブ!”

“セクシーポーズたのむ”

”いたずらしてぇ”


「いたずら♡ トリックオアトリート♡ お菓子をくれないといたずらしちゃうぞ♡」


 マキがボクの首に手を回し、耳元で甘く囁いてくる。

 その声。もうめちゃくちゃむず痒くなるから……。


「良いのかにゃ? お菓子くれないからいたずらしちゃうにゃ?」


「だって今、お菓子もってないよ……」


「どこかに隠し持ってるかな~? ソックスの中~? ん~、おしりが怪しいにゃ~?」


 足元から順に、体を這うようにソフトタッチで撫でまわしてくる。


 ちょっ、やめっ。

 おしり! 生地薄いんだから触らないでっ!


「はい、ドーン! ヒマリ、そこまでよ!」


 ハルルのヒップアタックでマキがたたらを踏んだ。

 助かった……。


「ナズナ、ひどいわ! わたしは見てくれてる人にエロを……」


 涙目で訴えかけてくるマキ。

 言ってることはサイテーだけどね!


“そうだそうだー!”

“マキちゃんがんばれー!”

“ナズナひどいわ!”

“ひどいニャン”

“もうちょっと頼む!”

“課金します”

“延長!”


 ひどいな、おまえたち……。これが男子か……。まあ、そうか、そういうもんだったね……。


「みんな? 朝西はそういう映画じゃないからね⁉ もっと壮大で重厚なテーマがあって――」


「なによ~、ナズナだけ良い子ぶっちゃって~。みんなだってそれくらいわかってるよね♡」


“わかってまーす”

“映画楽しみー”

“ハルルはまじめだなw”

“ちょっと楓で遊んでただけwww”

“マキちゃんのわかってる感w”

“女優なのにバラエティー向きかw”

“ハルルはまじめポンコツかわいいだからなw”

“間を取って楓が脱げばいいのでは(名案)”


「私は……みんなに映画の良さを知ってもらおうと思って……」


 ハルルが下を向いてしまう。


「ハルル! 助けてくれてありがとう! いつもハルルはボクのことを守ってくれるから、王子様みたいだね!」


 ふぅ、フォロー完了、っと。

 ……あれ? ハルルの様子がおかしい……?


「カエデ……ちゃん? 私って……カエデちゃんの王子様、だったの……?」


 ハルルは顔を真っ赤にしながら、体が震わせていた。

 これ、まずった? まさか、やっちゃった?


「え、あ、うん……それは言葉の綾で……。いつも助けてくれてありがとうって意味で……」


 やばい。ハルルが泣く。

 配信中だ。どうする? どうすればいい? シオ……いつの間にかシオがいない⁉ 誰か助けて!


 と、マキがハルルほうに近寄る。そして後ろから抱きしめた。わりと激しめに。


「ナズナ~! ナズナはいつもかわいいね~♡ わたし、ナズナのまじめでがんばり屋なところ好き~♡」


「ちょっと、マキさん⁉」


 困惑するハルルをよそに、マキはハルルのほっぺたをついばんでいく。


 お、おう……。過激……でも助かった。


「チュ~♡ チュッチュッ♡ またハルちゃんと一緒にお芝居したいな~♡ 女優活動続けるよね?」


 マキはほっぺたから顔を離し、正面からハルルをじっと見つめる。

 ハルルは少し迷ったように目を泳がせた後、マキのほうに視線を向けた。


「えっと……はい。私、演技が好きです。好きになりました。もっとお芝居したいです」


「うん、よろしい♡ ぜったい共演しようね♡」


 マキは満足そうに笑い、ハルルから離れた。


 ボクは気づく。

 これはとても重要なことなのでは……。


 マキはハルルのことを女優として認めた。ハルルは女優としてやっていけるぞというアピールをしてくれた。

 そして、ハルル自身も、もっとお芝居がしたいと宣言した。


 ボクが知っている未来にはなかったハルルの方向性。

 アイドルグループのリーダー。下支え。気が利くみんなの補助役。

 そうではないハルルの未来が広がっているのかもしれない。

 

 それを想像したら、鳥肌が立った。


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