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第14話 しあわせな夢

「つっっっっかれたなあ」


 夕食の後、部屋に戻ったボクは、行儀悪くも共有リビングのソファーに横になっていた。

 そして今は、仙川さんがボクの頭をやさしく撫でてくれている。

 

「今日は本当にお疲れさまでしたね」


 仙川さんのいつになくやさしい声が、ボクの頭の上から降り注いでくる。


 そうこれは……ひざまくらというやつだ! だ! だ!



『貸し1つですよぅ……よぅ……よぅ』


 借りを返すためにお願いを聞くことになった結果が……このひざまくらだった。


 ううー太ももがめちゃくちゃやわらかいよー。

 なんだかいい匂いがするよー。

 この暗闇空間、癒されすぎるよ……。


 これはもう、実質新たな借りなのでは?


「それにしても驚きましたよぅ。さくらさんは一気に上達しましたね。そしてさつきさんも体は柔らかいのでギリギリ何とかなりそうです。その……なぎささんはおいておくことにしましょう」


「そ、そうだね……」


 ボクはぎこちなく身じろぎをしながら首を曲げて、仙川さんから顔を背ける。

 光の世界こんにちは。


 と、すぐに仙川さんの両手がボクの頭を万力のように挟むと、あおむけの位置に戻されてしまう。

 すぐに視界が真っ暗闇へただいま。


「かえでくん、往生際が悪い子ですね」


 うむ、暗い。

 頭の上から声が聞こえてくる。


「耳が真っ赤です。ホントかわいい……」


 いや、前かがみになって耳元で囁かないで……。ハムハムしないで……。お腹も撫でまわさないで……。

 

 その、胸が……ボクの顔の上に完全に乗っちゃってるからね?

 

 香水の匂いなのか体臭なのか……。

 思考が回らず脳がグラグラする。


 

 仙川さんの手がボクの両目を覆い隠すようにそっと乗せられる。


「良い子ですね。緊張しないで……体の力を抜いてください」


 乗せられた手がとても温かい。

 なんだかふわふわしてくる。


「かえでくんは、こんなに小さな体なのに……ホント頼もしくて……」


 ボクの頭を撫でながら、仙川さんが独り言のように小さくつぶやいている。


「初めてのような……懐かしい……ような……」



 声が途切れ、仙川さんが鼻歌を歌っていた。

 

 だんだんと歌が遠く……。



* * *


 夢を見ていた。

 ボクは小さなステージでパフォーマンスをしているんだ。

 メイメイがいて、仙川さんがいて、サクにゃんとナギチがいて、ハルルとウーミーがいて。

 みんな全力で歌って踊って、ファンたちが振るサイリウムの光がとてもきれいで……。

 

 ああ、これはボクの夢だ。



 目尻からこぼれる涙が、そっとやさしく拭われる。


「ずっとわたしがついていますよ。大丈夫ですよ」


 ただひたすらにやさしい。なぜだかもっと涙があふれてくる。


「違うんだ。夢が……とても心地良くて……」


「夢を見ていたんですね。良い夢ならよかった」


「こんなことあるわけないのに、これが本当の出来事ならどんなにいいか……」


「しあわせな夢だったんですね……」


「うん」


「どんな夢だったんですか?」


「みんなでステージに立っていて、そこから見えるサイリウムの光がとてもきれいで」


「それはステキな光景ですね。わたしも見てみたいです」


「うん、見せてあげたかった……」


「いつか本当に見せてください」


「いつか本当に?」


「はい、満員のステージへ連れて行ってください」


「ボクが?」


「はい」


「でもボクは……マネージャーだから……」


「いいえ、いけますよ」


「……どうやって?」


「あなたは1人ではないです」


 ああ、そうか。


「あなたのアイドルが、そしてわたしのアイドルが満員のステージに立つんです」


 ボクはもう一人じゃないんだ。


「わたしたちのアイドルが、わたしたち全員が満員のステージに立つんです」


 仙川さんにはすでに見えているんだね。

 ≪初夏≫のみんなが、ボクたちのアイドルが、満員のステージでパフォーマンスするところを――。


「でもいけるかな? みんなホントにまだまだ下手で……」


「かえでくんは知らないんですか?」


「なにを?」


「最初から完璧なアイドルは売れないんです。ファンと一緒に成長するからアイドルなんです。だからみんなアイドルに惹かれるんです」


 メイメイの言葉と同じだ。

 いつか見たインタビューでの言葉。


『ファンのみんなと一緒にちょっとずつ成長していきたいんです』


 そうか。完璧なんかじゃなかった。ずっと未完成だったから、ボクはメイメイに惹かれたんだ。


 もしここが2年前なのだとしたら、ボクは君を1人にしたりしない。

 君のことを助けたい……。

 ボクはそのためにここにきたのかもしれない。



「そろそろちゃんと寝ましょうか。明日からしっかりがんばらないと」


「そうだね……仙川さん? あの……ねえ? 頭を押さえてると起き上がれないんだけど……」


「ダメですよぅ。罰ゲーム継続です。ほら、何か忘れてませんか?」


 頭を押さつける手に少しずつ力がこめられていく。


「いたっ、痛いよ……」


「な・に・か・わ・す・れ・て・ま・せ・ん・か?」


「……わかった、わかりました……レイ……」


 小声でつぶやく。


「聞こえませんよぅ。何か言いましたか?」


 ギリッギリッと頭蓋骨がきしむ。


「レイ! レイ!……これでいいっ⁉」


 ボクはもう、半ばやけくそになりながら大声で叫ぶ。

 締め付けられていた手が一気に緩み、頭を一撫でしてくれた。


「はい、よくできました。かえでくんが素直でせんせいはとてもうれしいですよぅ」


 これからは名前で呼ぶ。

 借りを返すための条件がもう1つあったのだった。


「これはよくできました、のご褒美ですよぅ」


 そう言いながらレイが覆いかぶさるようにボクの頭を抱え、強く抱きしめてくる。


 あっ、頭が上下からやわらかサンドされて……。

 こんなのずるいよ……。

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