第43話 クランクアップ
今日は10月31日。
1週間かかった映画撮影の日々も今日で終わりだ。
オンライン個別トーク会も1回参加できなかったし、マネジメント業を離れて、なんだかずっと映画撮影だけをしていた気がする。
メイメイとMINAさんは初日だけの撮影だったけれど、主要キャストのボクとハルル、そしてマキは最終日まで出番があった。
少しずつ要求が高くなっていくのか、リテイクの数が増えていった印象。でもなんとかスケジュール内に収まった、のかな。
個人的には衣装の露出度の高さに慣れないまま、なんとかクランクアップを迎えた。
「クランクアップ、お疲れ様でした」
拍手とともに撮影スタッフの人たちから花束を手渡される。
「ありがとうございます!」
ホントにこういうのってあるんだ……。ドラマの世界みたい。感動する!
「ねえ、ハルル」
と、ハルルを見るとちょっと泣いていた。
こういうふうに素直に喜びを表現できるところがハルルの魅力なんだろうなあ。
「マキ、ここまでありがとう。ボクたち初心者を引っ張ってくれてホント助かった」
マキに頭を下げる。
段取りも暗黙知もわからないまま、ボクたちはここまで来てしまった。それなのにマキは1つ1つていねいに、ブチ切れることもなく優しく教えてくれた。
本当に感謝している。
「刺激的で楽しかったわ♡ 親友が困ってるんだもん、一肌でも二肌でも脱いじゃう♡」
マキはずっとマキだった。
こんなに美人で気さくで……殺伐とした蹴落としあいという芸能界のイメージがボクの中で少しずつ変わっていく。
「タダってわけじゃないよ? ちゃんとお礼はしてもらいますからね♡」
「まあ、ボクにできることならもちろんなんでも……」
それを聞いてマキが悪い顔になる。……いや、エロいことを考えている顔だな、これは。
「ハルちゃんにメガネをかけさせて……部長に……カエデにキャップをかぶらせて……ウヘヘヘヘ」
よし、聞いてなかったふりをしておこう……。
「最後までよくやってくれたな。チィタマお疲れ」
洋子ちゃんが近寄ってきて、ボクの背中をバシンと一発叩いた。一瞬呼吸困難になる。
力強いよ……。
「ケホケホ。お疲れ様でした。ご指導いただきありがとうございました」
呼吸を整えつつも頭を下げる。
「固いぞ、チィタマ! 猫は猫らしく、のんびりかまえてろ~」
ガハハと笑う。
撮影が終わったからか、洋子ちゃんはとても上機嫌だ。
「ナズナもチィタマも、私が見込んだだけのことはあったな。これは名作になるぞ。なあ、先生?」
「2人ともよくがんばったなあ。うちの作品に命が吹き込まれる瞬間、見せてもろたで。感動やわ~」
シオも近寄ってきてうれしそうにしていた。
からかう様子もなく、ただ感動しているところをみると、やってきて良かったなと改めて感じる。
「こちらこそ良い経験をさせてもらいました。これから公開までまだまだやることがあると思いますが、よろしくお願いします」
「固いな~。だが、あとは任せておけ。これから徐々に映画の公式サイトにも情報を出していく。例のエチュードもな」
ああ、エチュード。そうだった。
あれから撮影の合間に何本か撮ったんだった。
マキとボク。マキとハルル。あとはメイメイとボクのやつもなぜか撮ってもらえた。
どんなふうに編集されるのか、本編だけじゃなくてこっちも気になる。
「ナズナ、どうした?」
何か遠くを見つめているハルルに、洋子ちゃんが声をかける。
「あ、監督。あれは何かなと」
ハルルが指をさす方向をみんなで見る。
ん、何だ?
キャンピングカー?
巨大なトラックのような車がこちらに向かって走ってくるのが見えた。
「ああ、あれか。あれは……スタジオカーだ」
「スタジオカー? なんですかそれ?」
聞きなれない言葉。
「トラックの中が撮影スタジオになっているんだ。移動式のスタジオだな」
洋子ちゃんが説明してくれる。
何物か理解はした。でも、なぜここに移動式のスタジオが?
「今日はこの後打ち上げをしようと思ってな」
「わ~い♡ 飲みまくるぞ~♡」
マキが両手を上げて喜んでいる。お酒⁉ ああ、そうだった、マキは21歳だ! すっかり忘れてたけれど大人なんだった。不思議な気持ち。
「あ、でもボクとハルルはこのあと生配信があって、会社に戻らないと……」
今日はハロウィンの日なので、≪初夏≫のコスプレ生配信が予定されているのだった。そろそろ会社のビルに向かわないと時間的にもまずいかも。
「そのためのスタジオカーやで!」
シオがドヤ顔でトラックを指さす。
急に現れたけど、どういうこと?
「みなさん聞こえますか~? 私たち~、≪The Beginning of Summer≫です~」
メイメイ⁉
スタジオカーのスピーカーを通じてメイメイの声が聞こえてくる。
トラックが目の前に止まる。トラックの側面が自動で開いていき、箱の中の様子が見えてくる。
「す、スタジオだー!」
中はピカピカのフローリング、三方真っ白な壁の撮影スタジオになっていた。
あれ? でも中には誰もいない。
メイメイはどこ?
「カエく~ん! 私たちはこっちですよ~!」
トラック……に積んであるスピーカーからメイメイの声が聞こえる。え? いないんだけど。
キョロキョロ周りを見渡すと、建物のほうから走ってくる人影が!
「わ~、メイメイだ!」
メイメイがとんがり帽子の魔女っ娘になっていた。
かわいい! これは世界に見つかっちゃうな!
「コーチ! サクラたちもいますよ!」
サクにゃん、ウーミー、ナギチも遅れてやってくる。
「おおー、みんないる!」
ボクは手を振って応える。
サクにゃんがネコミミメイド、ウーミーがセクシーバンパイア、ナギチがミニスカナースになっていた。
「監督。おおきにありがとうございます~。うちらまで参加させてもろて」
おお⁉
シオが早着替えで、ネコミミメイドに⁉
「サクにゃんとおそろい⁉」
「せやで~。今日はバディで双子コーデや。2人は番宣も兼ねてるから、そのままの衣装で出てもらうで」
シオの言葉に、ボクとハルルは顔を見合わせてしまった。
番宣!
芸能人じゃん!
「このあとスタジオカーでプチ公開生配信させてもろて、それから打ち上げに参加や」
「プチ公開生配信!」
「私たち撮影スタッフは、外から静かに見させてもらうからな。まあ、私たちは先に飲みながら見させてもらうし、こっちのことは気にせんでいいからな」
「なるほど、がんばります!」
実際見られながらの生配信なんだ。これは初めてだなあ。
「アイドルの生配信楽しみだわ~♡ 番宣ならわたしも出ちゃダメ? ダメかあ」
マキが抱きついてくる。
「ボクに聞かれてもなあ。そういう話は事務所を通してもらわないと……」
ギャラとか、番宣のルールとか?
そういうのはぜんぜんわからないよ。
「ケチ~! じゃあわたしもコスプレしてアイドルになりた~い♡」
だから! 気軽にボクの胸を揉むんじゃない!
「ちょっと、ヒマリ! 離れなさいよ!」
ハルルがマキを剝がしにかかる。が、マキも力負けしない。
2人のパワー恐るべし……。この2人に囲まれると、ボクの力ではなす術がない。
頂上ゴリラ対決……。