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第42話 映画撮影と役者

 映画の撮影中。

 ヒマリが道に倒れている女の子を助け起こした後、どこの誰かなのか名前を尋ねるシーン。


「あたし……? な、ずな……ナズナよ。うっ、頭が……名前以外何も出せない……」

 

「どうやらこの子記憶喪失ってやつみたいニャン」


「ええ~記憶喪失⁉ このまま放っておいたら襲われちゃうかも!」


「連れていくニャン?」


「だって、ほっとけないよ~」


「あたし……うっ、頭が……」


 ナズナは頭を押さえてしゃがみこんでしまう。


「えっと、ナズナちゃん⁉ とにかくどこか隠れられそうなところに!」


 ヒマリはナズナの肩を抱き、舗装された道路を離れ、脇の砂利道へと入っていく。


「こっちニャン! こっちに廃屋があるニャン!」


 チィタマが先行して駆けていった。


『カット!』


「う~む。ナズナ、『名前は思い出せるが、他の記憶が何もない』そんな時、何を思う?」


 洋子ちゃんがナズナ――ハルルに問いかける。


「えっと……頭に浮かんでいるのが名前だけで……」


 しばらく考え込んだ後、ハルルは「名前以外のことを考えようとすると思います」と言った。


「それはなぜだ?」


「名前以外のことを考えようとすると……モヤがかかったようになって、それで……」


「それはなぜだ?」


「えっと……自分で記憶を封印したから」


「そうだ。病気や事故で記憶を失っているわけではなく、意図的な制御で記憶がない状態なんだ。でも今のナズナは自分でそうしたこと自体も思い出せないようになっている」


「はい。万が一命の危険にさらされた時、段階的に記憶を取り戻すようにセットしています」


 洋子ちゃんとハルルによる脚本の裏設定の確認だ。

 ナズナはなぜ記憶を失っているのか、記憶を探ろうとした時どんな反応をするべきなのか。


「よし、ではもう一度。シーン10カット3。おっと、チィタマ今日もかわいいぞ。アクション!」


 ねえ、本番の撮影中にその謎のチィタマいじりいる?

 監督業ちゃんとして?


 しかしあれだよね。

 このチィタマの衣装……原作とかなり違う気がするんだよね。


 原作だと全身虎猫柄のボディースーツみたいな、のっぺりした着ぐるみ。頭も被り物をしてるし、虎猫がそのまま擬人化しました、って感じのイメージ。

 でも、映画の衣装は……虎猫柄のきわどいビキニなんですけど! 何でなの⁉ チューブトップでめっちゃ胸が強調されてる……。だけどすごいね! この谷間は現代技術の粋を凝らした特殊メイクかな⁉

 すごくかなしい……。


 ヒマリ――マキはかわいらしい制服を着ている。ワインカラーのブレザーにライトピンクのチェック柄のプリーツスカート。すこし短めのスカートから伸びる足が健康的でとってもかわいい。足も長いし、ふくらはぎの形もいいので、白いハイソックスがとてもきれいに見える。

 一方でナズナ――ハルルは清楚系だ。白の長袖セーラー服に紺のスカート。セーラーの袖が萌え袖になっているのがチャームポイントかな。


 ああ、なんでボクだけこんなお色気担当みたいになってるの……。



* * *


「ご飯だ~♡」


 マキが一目散にケータリングのテントへ走っていく。

 ホント元気だなあ。


 お昼をだいぶ回ってからようやく休憩だ。

 思っていたより撮影の進行はスムーズで、全体を見るとNGは少ないと思う。別テイクを撮りたいから何度かカメラを回すことはあるけれどね。


「ロケ弁って豪華よね……」


 ハルルが牛肉がミチミチに詰まった牛めし弁当を持ち上げながらつぶやく。


「毎日ぜんぜん違うお弁当出てくるもんね。それにこれ、きっとめちゃくちゃ高いよ。ボクたちみたいな新人がこんなの食べてて罰が当たらないかな……」

 

「そうね~。でも見て。マキさんくらい神経太くないとやっていけない世界なのかも……」


 ハルルが指さした先を見ると、マキが牛めし弁当、銀鮭弁当、サンドイッチ、ドーナツ、そしてデザートのプリン3つを抱えていた。


「あんなに細いのにあんなに食べるのか!」


 女優ってすごい!


 あ、見てたらマキと目が合ってしまった。

 気づいたマキがこっちに向かって走ってくる。大量の弁当を抱えたまま。


「カエデ~、ハルちゃ~ん。プリンあったよ~♡」


「あ、ありがとう?」


「ありがとうございます!」


 ボクとハルルはプリンを1つずつ手渡される。

 そうか、これは自分で食べるためじゃなくてボクたちの分を……なんて良い先輩なんだ! 大食いを疑ってごめん!


「じゃあわたしもここで! いっただきま~す♡」


 マキが全部の弁当を開けていく。


 やっぱり弁当は全部自分で食べるんかーい!

 ボクたちのために持ってきてくれたのはプリンだけのようだった。いや、弁当1個でいいから、サンドイッチやドーナツはいらないけどね?


「そういえば~、エチュードの時のカエデの罰ゲームって何だったの?」


 マキが鮭の皮をきれいにはがしながら尋ねてくる。

 つやつやしていておいしそう……。明日もあったら銀鮭弁当にしようかな。


「んー、ないしょ」


「ケチ~!」


 さすがにハルルの前では言いづらい。


 ハルルに対するボクの気持ち。

 好きの意味、愛の意味。

 この気持ちに何という名前を付けるのか。


 そもそも同じことをレイにも待たせてしまっている。

 ハルルとはまた違う好き、なのかもしれないし、同じなのかもしれない。

 それすら、まだボクの中で何もまとまっていない。


「ハルちゃんはどんな罰ゲームだったの? やらないんだし言ってもいいよね?」


 マキはそれ以上追求せずに、矛先をハルルに向けた。

 それはボクも知りたい。


「え~。内緒ですよ~」


 ハルルは照れ笑いではぐらかした。


「2人ともケチだ~! わたしとエチュードする時はエッグい罰ゲームにしてもらおう!」


 マキの考えるエッグい罰ゲームっていったい。

 ……友達候補を100人連れてくるとか?


 しっかし、マキとエチュードしたら負けるだろうなあ。


 ヒマリの演技は圧巻の一言だ。

 マキが演じているヒマリではなく、最初からヒマリがそこにいる。そんな錯覚にさえ陥る。

 マキが役に入った瞬間から、ボクたちは自然とマキのことをヒマリと呼んでしまっている。

 21歳の十文字真紀はいなくなり、16歳の朝日ヒマリがそこにいる。

 

 マキは「わたしなんて役作りが甘いって先輩たちから小言ばっかりよ」と言う。

 その言葉を鵜吞みにするならば、役者になるということは、最低限この域、さらに高みを目指す必要があるということなのだ。


 アイドルもそうだけど、役者も同じくトップへの道は遠く険しいというのを再認識させられる。


「才能と努力かあ」


「どうしたの、急に?」


 ハルルが、ボクの顔を不思議そうにのぞき込む。


「んーと、アイドルも役者も才能がある人たちが努力して切磋琢磨している世界なんだなって」


「改めて言葉にすると恐ろしいところよね。毎日自信なくしちゃう……」


 ハルルがプリンにスプーンを突き立てたまま固まる。


「ボクはハルルのナズナ好きだな。原作よりも感情移入しやすいっていうか、不幸さが際立ってて守ってあげたくなるっていうか?」


「私ってそんな不幸オーラ出てるの? 気づかない間に不幸キャラだったのね……」


 ますます落ち込んでしまったようだ。


「ナズナの演技という意味では悪いことじゃないんじゃない? たぶん、その毎日自信をなくしている、というところがうまくナズナにはまっているんじゃないかなと」


 記憶をなくし、1人放り出されていたナズナ。

 後ろ盾もなく、頼れる仲間もいない。そんな状況でヒマリとチィタマと出会う。


 すべての発言に自信がなく、敵か味方か疑心暗鬼になっている様子が本当にぴったりはまって見える。


「そういうところも含めてのナズナ役抜擢なのかなーって思ってきた」


「洋子監督はここまで見越してたってこと?」


「たぶんね。ハルルを見てオファーしてきているってそういうことなんだと思う」


 あえて脚本の最初から順番にシーン撮影をしているのもそういう理由な気がしている。

 ハルルの心の変化と成長がナズナの変化と記憶を取り戻していく過程にリンクする。それに合わせて物語が進んでいく。


「ん~、難しいわ」


「ハルちゃん、難しいことは洋子ちゃんが考えてくれるから、わたしたち役者は、もっと自分の役と対話しよう! 他のことは考えなくていいからね♡」


 マキが助け舟を出してくれた。

 そう、ボクもそう言うことが言いたかったんだよ。でも、本物の役者が言うと言葉に重みがあるね。


 ボクもチィタマという役と対話しないとなあ。


 はあ……このかっこう、マジ憂鬱ニャン……。

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