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第37話 エチュード~後編

「カエデのこと愛してるのよ……」


 ハルルの表情、涙、そのメッセージに吸い込まれそうになったが、何とか踏みとどまった。


 これは演技なんだ。


 そしてこれがハルルのテーマだ。

 そう確信した。

 

 しかし、どうする。

 ここでボクが男だとカミングアウトしたら、普通にカップルとして成立してしまうのでは?

 いや、でも同性のボクに告白してきているんだから百合的な……? 異性だとわかれば逆に冷める可能性もあるか?


 ハルルの語る『愛』とはなんだろう。

 性的な愛なのか、友情としての愛なのか、それとも別の何かなのか。


 ではボクのほうは、男だとカミングアウトしてから、ハルルに何を伝えるのだろう。

 ボクはどんな『愛』を伝えれば良いのだろう……。


 このことはエチュードが終わってから考えようと思っていたボク自身の課題だ。

 それがもうここで答えが求められるとは……。


「ボクも……ハルのことを愛しているよ」


 まずはそう切り出してみる。

 考えはまとまっていない。でも、これはエチュードだ。今は幼馴染の七瀬楓を演じ続けるしかない。


「じゃあ私たち!」


「まって。ボクの話を最後まで聞いてほしい」


 喜びを爆発させて抱きついてこようとするハルルを制止する。


「はい」


 ハルルはその場に正座をして、ボクのことを見つめてくる。

 目の周りは赤く、その頬には涙が伝った後が残っていた。


「ボクもハルのことを愛してる。でも、この愛はきっとハルがボクを想ってくれている愛とは違うものだと思うんだ」


 ハルルは動かない。


 やはりここで差し込むしかないな。

 小さく深呼吸してから、ボクのテーマを差し込む。


「ずっと隠していたけれど、実はボクは男なんだ」


 ボクのカミングアウトを聞いたハルルは、目を見開いて驚きをあらわにしていた。


「ははは、驚いた? ごめんね、今まで隠してて」


「え、でもずっと……」


「そう、生まれた時からボクはずっと男の子だよ。でもボクは女の子として暮らしてきた。なぜなら見た目がほとんど女の子だからね。だけど生物学上は男性なんだ」


「知らなかったわ……。昔は一緒にお風呂に入ったりもしていたのに」


「騙していたみたいでごめんね。先天的な染色体異常なんだってさ。ボクも両親から話を聞いたのは中学生になってからだったかな。それまでは自分のことを普通に女の子だって思ってたよ。このことはボクが産まれた時にはすでにハルのご家族にも伝えてあるらしいよ。まあ、でも、ハルには言えていなかった。本当にごめんね」


「そう、なのね……。でも! それでも私の気持ちは変わらないわ! カエデが女でも男でもカエデ自身のことが好きなの」


「ありがとう。そう言ってくれてうれしい。でも、たぶんハルとボクの好きは違うと思うんだ」


「なんで? 私はカエデの性別なんてどうでもいいわ。たとえカエデが人間でなくても愛してるの」


「そんなにも想ってくれて本当にうれしいよ。だけどそれを聞くとやっぱり違うんだなって思う」


「何が違うの? 私じゃダメなの?」


「そうじゃないんだよ。むしろボクはハルじゃないとダメなんだ。言いにくいんだけど、ボクは……男として、ハルのことを性的な目で見てるから」


 きっとこれで正解だ。このエチュード的には……。

 先のことは先に考えよう。


 言葉に真実味を持たせるために、ハルルの体を嘗め回すように見つめる。


「え……私のことを異性として意識していた……の?」


 ハルルは上目遣いに、ボクのことを見つめてくる。

 その瞳に軽蔑の色は見られない。今のハルルはどんな感情なんだろう。


「ごめんね。ずっとハルのことをエロい目で見てた。足とか腰のくびれとか、唇とか、ずっとそういう目で見てた」


「そう、だったのね……」


 ハルルが下を向いて唇をかむ。


「引いたよね。幼馴染がこんなやつで気持ち悪いよね。そうだ、ボクが男だって言いふらしたければしても良い。男のくせに女の制服を着ている女装野郎だって触れ回っても良い。それくらいひどい裏切りをしていることはわかってるんだ」


「そんな、こと……」


 ハルルが再び顔を上げる。

 驚きの表情から変化して、困惑。迷い。そんな様子だ。


「もしハルがそっと距離を置いてくれるなら、ボクは何事もなかったように過ごすように努力するよ。ずっとそばにいられないのは淋しいけど……来るべき時が来た、そんな感じかな」


「カエデは……ホントに今も私のことを……エロい目で見てるの? 例えばどんなふうに? 具体的に何を想像してるの?」


「う、うん。ハルが抱きついてきたりしたら匂いを嗅いでいたし、ベッドに寝ころんだ時には下着を盗み見ていたし。ハルの隠し撮り写真を待ち受けにしたり……」


 えっと、これは何を追及されてるんだ……。

 このくだりは必要?

 今重要なのは、この物語をどう終わらせるか。ハルルの中での終着点はどうなっているんだろう。


「でもカエデちゃんのカメラロールには私の隠し撮りなんて入ってないじゃない?」


「えっ何⁉ ボクの携帯を見たの?」


「それは好きな人の携帯だもん。普通毎日チェックするものでしょ?」


「えっ」


 ハルル⁉ それはぜんぜん普通じゃないよ……。


「ネットで拾ってきたアイドルの子の写真とか、ガーリー系のコーデ写真がやたらと多いのは気になるけど。あ、あとはブックマークしてるたくさんのエッチな動画! 巨乳の子が出てくるのが多いのは何⁉」


「ちょちょちょちょっ!」


 これ、演技⁉ 演技だよねっ⁉

 リアルの話……じゃないよね⁉


「それって……私とはタイプが真逆っていうか……」


 ハルルがそっと自分の胸に手を当てる。


「ハルはまだこれから成長期だから! ね? ね?」


 いや、ホントこれ演技なの……?

 ホントにボクの端末を見ているの⁉ 想像⁉ どっち⁉


「私のカメラロールなんて、9割カエデちゃんの写真と動画で埋まってるし、着替えも……でも男の子だって全然気づかなかった!」


 ハルルが悔しそうに自分の太ももを叩く。


「まだ見た目はほぼ女性というか、この先も体がはっきりと男性化してくるかはわからないってお医者さんも言ってるから……」


「もしかしたら男っぽく成長するかもしれないんだ?」


「うーん。そういうこともあるらしいし、ないかもしれないし、人によるらしいから……ってなんでちょっとうれしそうなの?」


 なぜかハルルの目が輝いていた。

 あとなんかちょっと距離が近くなってきている気がする。


「えっと、1粒で2度おいしい、みたいな?」


「お菓子の宣伝じゃないんだから……。幼馴染を失うつもりでけっこう真剣に告白してるんだけど……」


「ごめんごめん。私、カエデちゃんがどんな姿でも愛する自信があるよ?」


「そうは言っても……今のボクは見た目女の子だし、エロい目でみるなんてことは……」


「大丈夫大丈夫! 私、今も昔も、カエデちゃんのこと、バリバリエロい目でしか見てないから大丈夫!」


 食い気味にかぶせてくる。


「ええ……それはどうなの……」


 正直反応に困る。

 この展開は予想してなかったわ。


 って、この展開はやばいじゃん。お互い性的な目で見てるとしたら、もうそれは幼馴染じゃなくない?

 なんとかここから巻き返す方法は……。


「でもボク男だし……これからひげが生えて声変わりするかもだし……」


「大丈夫! カエデちゃんが進化する楽しみが増えてラッキー的な?」


「ポケモンじゃないんだから……」


「ねえねえ! お互いの気持ちが知れたところで、私たち、今から恋人ってことで良いのよね⁉」


 近い近い。

 にじり寄ってこないで。


「いや、それはちょっと……まだ気持ちの整理がつかないっていうか……」


「男のくせにうじうじと!」


「あーそういうこと言う? 言っちゃう? 今の時代、性差別はダメなんだよ?」


「はいはーい、前時代的でごめんなさいね~!」


 ハルルはほっぺたを膨らませてそっぽを向いてしまう。

 きれいな逆ギレー!


「そうやって不貞腐れないの。今は幼馴染のままで良いじゃない。お互い知らなかったことも多いわけだし? これから少しずつ理解していこうよ」


「い~や~で~す~。私は今すぐエロいことがしたいのっ!」


「女の子がそんなこと言っちゃ……」


「はい差別!」


「……ごめんなさい」


「ダメ、絶対許さない」


「ええ……」


「キスして」


「え?」


「私のことが好きならキスして」


 そうきたか。

 たしかに……これしかないか。


「……わかったよ、キスする。でも……はずかしいから目を閉じてくれる?」


 ボクの言葉に、ハルルは素直に目を閉じた。


「ハル、愛してるよ」


 ボクは少し背伸びして、ハルルのおでこにキスをした。


「カエデちゃん……キライ」


 ハルルがおでこを押さえながら、恨めしそうな顔をしてボクをにらみつける。


 さあ、フィナーレだ。

 これで幼馴染のままで良い、ってことだよね。

 いえーい、ボクの勝ちー!

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