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第36話 エチュード~前編

「あ~、今日も学校疲れたね~」


 ハルルがボクの部屋に入るなり、ベッドに横になる。


「あーもうハル! 制服のまま寝ころんだら、しわになるよ」


 ボクはスクールバッグを机の脇に置き、ノートパソコンを起動させる。という仕草をする。


 そう、これはエチュードだ。

 実際にここに部屋はなく、ベッドも、ノートパソコンも何もない。

 ボクとハルルは芝生の上で即興演劇をしているのだ。


 レフリーは洋子ちゃん。少し離れたところに、観客としてマキ、シオがいる。あとなぜか撮影用のカメラを回しているカメラマンさんもいた。


--------------------------------

エチュードの内容

時間:5分間

2人の関係性:赤ちゃんの頃からの幼馴染

職業:高校生

場所:楓の部屋

楓のテーマ:実は男の子であることをカミングアウトする(開始3分以内)

春のテーマ:Unknown

楓の勝利条件:幼馴染の関係を維持する

春の勝利条件:Unknown

--------------------------------


「ねえカエデ。今日の宿題は何だっけ?」


「んと、数Aの計算問題と英訳だったかな?」


「うげ~。私、どっちも苦手~。カエデ教えてよ~」


 ベッドから跳ね起きたハルルが、ボクの手を引っ張ってくる。


「いつもじゃん。ハルに得意な教科なんてあったっけ? いっつもボクの宿題写してさー」


 ボクはからかうように笑う。

 ハルルはほっぺたを膨らませながら反論してきた。


「あるわよっ! 体育と音楽!」


「どっちも宿題がなくてずるくない?」


「あああ、あるもん! リコーダーとか、鍵盤ハーモニカとか?」


「それ小学生の時の宿題じゃん……」


「あ~あ~、聞こえませんんん~」


 ハルルはしゃがみ込み、耳に手を当てて大声を出す。


「ところでさ、今日は部活行かなくて良かったの? 帰宅部のボクと一緒に帰ってきちゃってるけど」


「今日は気分が乗らない……ていうか、たまにはカエデと一緒に帰りたかったから、かな?」


 しゃがんだまま、上目遣いにこっちを見つめてくる。

 

 んーやばい。

 カミングアウトの切り出し方が思いつかない。やばいな、もう1分は経ってる。


「ねえ、カエデ……」


「んー、どしたの? なんか深刻そうな顔して」


「カエデって……好きな人いる?」


 また上目遣い。

 そんなに熱っぽく見られるとドキッとするからやめて……。


「え、っと……急に何?」


「私ね、今日のお昼休みに告白されたの……」


「ええ⁉ 誰々? ボクの知ってる人?」


 おそらくこれが本題。

 やっぱりハルルは恋愛がテーマなんだな。


「3年生。サッカー部キャプテンの鈴城先輩」


「えー、すっごーい! あのイケメンの鈴城先輩⁉」


 ボクは少しオーバーリアクション気味に驚く。

 サッカー部のキャプテンは絶対イケメンなはず。そういうことにしておこう。


「イケメン……なのかなあ。一度も話したこともなかったし、よくわかんないよ……」


 ハルルは下を向く。

 告白されたこと自体がうれしい、という感じではなさそうだ。


「付き合うの?」


「わかんないわ……」


「わからないなら、お試しでちょっとだけ付き合ってみたら? それで合わなかったら別れればいいし」


「そんな適当に……。私、ホントに悩んでるのよ!」


 ハルルはイラついたように床を叩いた。

 どうやらボクがあまり考えずに返事をしたと思っているらしい。


「適当なんかじゃないよ。鈴城先輩のことを知らないなら知ってから答えを出せばいいじゃないって言ってるの。相手は好意を寄せてくれてるんだから、それがどうしてなのかも知りたくない?」


「……まあ知りたいわ。こんなガサツで勉強もできない女になんで告白なんて……あ、罰ゲーム? あ~そうか、そういうことね!」


 ハハハ、と自虐めいた乾いた声で笑う。


「さすがにそんな人ではないんじゃない?」


「カエデは鈴城先輩のこと知ってるの? もしかして……好きなの?」


「いや、ボクも話したことはないから知らないけど……やさしくて後輩の面倒見もいいって話は聞いたことあるから、かな」


「カエデは鈴城先輩のこと好きなの⁉」


 ハルルに思いっきり肩をつかまれる。

 

 痛っ。

 肩出しのメイド服。素肌に爪立てられるさすがに痛い……。


「だ、だから! やさしいって話を聞いただけ! 好きとか嫌いとか、そこまで思うほどよく知らないってば」


「そう……」


 ハルルがボクの肩から手を放す。

 相変わらず力が強いなあ。まだヒリヒリする。


「それに、ハルルは自分が思ってるほど何もない人じゃないよ」


「私、何もないわよ……。カエデみたいに勉強できないし、愛想ないし。あ~あ、せめてカエデみたいにかわいければな~」


「えっ、それジョーク? 今、笑うところだった?」


 しまった。素で言ってしまった。


「何よ。私みたいにつまんない女の話は冗談にしか聞こえないっての?」


「いや、その……ハルってさ、去年も今年も、文化祭のミスコンにエントリーされてるよね。あれって男子たちの投票で上位の子が自動エントリーされるって知ってる、よね?」


「あ~はいはい。知ってますよ~。みんなして貧乳ゴリラ女を舞台に上げて笑いものにしようとしてるんでしょ。毎年毎年うんざりよ」


 マジ拗らせてるなあ。

 設定とはいえ……。


「みんな普通にハルに投票してるだけだと思うけどね。ハルって男子から人気だし。ボク、ハルの幼馴染だから、男子から何度も告白の相談受けてるけど。鈴城先輩以外にもけっこう告白されてるよね?」


「う~ん。なんか好きっぽい感じのことを言われることはあるけど、あんまり覚えてない……。ガサツな私なら手頃に付き合えるって思われるのかな……」


「いや、そんな感じじゃなくて……。わりとみんな本気で悩んでて……」


「そんなの知らないわよ……。第一、それって私じゃなくてカエデと話がしたいからその口実なんじゃないの?」


「さすがにそんなこと言ったらかわいそうだって……」


「何⁉ カエデは私より男子の肩を持つの⁉ 私よりも男子のことが好きなんだ⁉」


「そうじゃなくて……」


「じゃあ、私のこと好き?」


 再び肩を……。


「もちろん好きよ」


「だったらなんで! なんで鈴城先輩と、お試しで付き合ってみろなんて言うのよ!」


「それは……ハルが告白してきた男子のことをボクに相談してきたの初めてだったから……」


「だったから何⁉」


「少しでも気になってるなら、良いことだなって思って」


「良いことって何⁉ それって良いことなの⁉」


「だって、高校生にもなるのに、男子にまったく興味を示さないし……」


「それは……」


「幼稚園の時も、小学校の時も、中学の時も、けっこう何回も告白されてるのに、誰とも付き合ったことないし」


「そそそそれを言うなら! カエデだって同じじゃない!」


「いや、ボクは一度も告白されたことないから同じじゃないっていうか……」


 言っててつらくなるやつ……。

 これは演技だけど事実だから、さ……。


「カエデは世界一かわいいから、きっと高嶺の花なのよね~。みんな振られるとわかっていて二の足を踏んでるんだわ」


「それはさすがに……。単に眼中にないというか、ボクかわいくないし、異性として見られてないだけで」


 言ってて悲しい。

 お話の中でくらいモテる役でも……調子に乗ってすみませんでした……。


「カエデのことを誰にもとられたくないの……」


「何言ってるの。ボクは誰にも告白されてないから大丈夫だよ。ずっとハルの幼馴染だよ」


 うむ。これで幼馴染エンド、ヨシ!

 いや、ダメか。まだ男だってカミングアウトしてなかったわ。やばい。


「私……カエデのことが好きなのよ……」


「ありがとう。ボクもハルのこと好きだよ」


「本当に好きなの……。誰にもとられたくないの……」


 ハルルが顔を押さえて泣き崩れる。


 しばらくしてからハルルは顔を覆っていた手をはずし、ゆっくり天井を見上げた。

 そして視線だけをボクのほうへ送ってくる。


「カエデのこと愛してるのよ……」


 その両の目からは涙が溢れていた。


 胸がキュッと締めつけられる。

 ああ、こんなにもボクのことを……。

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