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第35話 恋と愛

「新垣春にチャンスをやろうじゃないか!」


 洋子ちゃんが笑いながらやってくる。


「え、私⁉」


 ハルルがいきなり名前を呼ばれて挙動不審になっていた。


 急になんだろう。

 

「いやなんだな……ちょっとさっきの会話がこっちまで聞こえてきてな」


「え、やだ、はずかしい! すみません、撮影の邪魔をしてしまって……」


 ハルルが真っ赤になって頭を下げ続ける。


 けっこう大声出しちゃったしなあ。

 これはマネージャーのボクの責任だ……。


「すみませんでした。こっちでクールダウンさせますので、どうかご容赦を」

 

「かたいわ! まだ打ち合わせ中だったからかまわんよ。しかし気にするならその話の内容のほうだろう? 女心のわからない楓くん、か。がっはっはっは」


 洋子ちゃんが豪快に笑う。

 

 女心、かあ。これは痛いところを突かれた……。

 それにしても、ハルルは何に対して怒っていたのだろう。


「さあ、ここはどこだ? そうだ。映画の撮影スタジオだ」


 洋子ちゃんは両手を広げて声を張り上げる。

 まるで舞台役者のセリフ回しのようだ。


「そして新垣春、君は役者として呼ばれている」


 洋子ちゃんはハルルに向かって、社交ダンスにでも誘うかのように手を差し出す。

 ハルルは遠慮がちにその手を取った。 


「エチュードだ。少し特殊なエチュードをやろう」


「エチュード、ですか? 即興劇の?」


「そうだ。少し特殊なルールで勝ち負けを設定するエチュードだ。登場人物は2人。春と楓の2人で演技をしてもらおう」


「え、ボクもですか⁉」


 ボクが演技を? しかも映画監督の前で⁉

 マジか……。


「これもアシスタントの仕事だよ。私を楽しませておくれよ」


 洋子ちゃんがニヤニヤしている。

 まったく、ずるいなあ。


「舞台は楓の部屋だ。年齢・職業は今のまま高校生で良い。2人の関係は赤ん坊の時から隣に住んでいる幼馴染としよう」


 ふむ、なるほど。


「ここからが特殊なルールだ。エチュードの時間は5分間。私が春と楓にそれぞれにテーマと勝利条件を与える。5分の間にこれを達成したほうが勝ちだ」


 ただの即興で演技をするだけではない。

 明確に勝ち負けが存在する舞台上の戦いというわけかあ。


「春が勝てば必ず役を1つ用意すると約束しよう。この映画で与えられるかは約束できないが、今回か、次回か、必ず私が監督を務める映画で役を用意しよう」


「私が勝ったら役者としてデビューができる……」


 ハルルが何度も復唱する。

 たしかに、これはチャンスだ。


「楓が勝ったら……そうだな。世界の半分をお前にやろう」


「あんた魔王かっ!」


「冗談だ。そうだな。私に叶えられる願いなら何でも1つだけ叶えてやろう」


「何でも1つ……ですか?」


 ずいぶん抽象的な。

 何でも、かあ。うーん?


「えっ……楓がそんなに望むなら、エッチなお願いでも叶えんことはないが。私はかなりおばさんだけど……その、良いのか?」


「望んでない望んでない! そっと体を隠すんじゃない! むしろエッチなお願いされてるのはボクのほうなんですけど⁉ こんな超ミニのメイド服着せられてますけど⁉」


 まったく。

 洋子ちゃんという人がつかめないな。


 なんでも、ってことは、ハルルが勝ってもボクが勝ってもハルルに役を用意することができちゃうってことなんだけど……。話がうますぎて怖いな。


「まずは春、こっちにこい。個人テーマと達成条件、それと未達成の場合の扱いを伝える。楓は少し離れていてくれ」


 ボクは言われた通り、2人の声の届かない距離まで歩いて移動する。


 未達成の場合の扱い、か。

 つまり勝ち負けがあり、負けると何かペナルティがある、ということだ。勝っても負けても、なんてことはあるわけないか。

 さて、ボクにはどんなテーマが与えられるんだろう。

 


 待つこと5分ほど。


 2人はまだ何かを話ししていた。

 かなり念入りに打ち合わせしている。

 エチュードってそういうもんだっけ?



 洋子ちゃんがこっちに向かって手を振っている。それにボクが気づくと、手招きに変わった。


 お? 終わった?

 行っても良いってことかな。


 ボクはゆっくりと2人に近づいていく。


「よし、次は楓の番だ。春、離れていてくれ」


「はい」


 ハルルは短く返事をすると、ボクに目を合わせることなく足早に立ち去る。


 うーん。

 もう対決の気持ちに入っているのかな。


「おまたせ。さっそくだが楓にもテーマを与える」


「お願いします」


「2人は幼馴染。楓の部屋での会話だ。ここまでは良いか?」


「はい、OKです」


 ここまでは共通の舞台。

 まあイメージはつく。


「だが、実は楓は男の子だ」


「ん?」


 どういうこと?


「なぜ男の子なのかは自分で考えろ。それも役作りの1つだからな。昔から男だったのか、最近男になったのか、それは好きにして良い」


「は……い。はい」


 ええ、難しいな。最近男に、か……。


「テーマは『男であることをカミングアウトすること』だ。勝利条件はカミングアウトしたうえで、『春との関係が幼馴染の状態から変わらないこと』。幼馴染の状態でエチュードの5分間を終えられれば楓の勝ち。もし、関係性が崩れたら楓の負けだ」


「幼馴染のままで5分過ぎたら良いんですね?」


 案外簡単、なのかな。いや、難しいか……。


「男であることをカミングアウトできなければもちろん失格だ。開始3分までにはカミングアウトしてもらおう。終了間際というのはフェアーではないからね」


「はい、まあそうですね。それはたしかにフェアーじゃない」


 ハルル側のテーマも早い段階で放り込まれてくるだろう。

 お互いのテーマをぶつけ合って、それぞれの達成条件を満たすように動く流れか。


 当然ハルルは、ボクのことを同性の幼馴染だと思っているはず。

 高校生ともなれば恋を意識する年齢だから、きっと恋バナがテーマにあると予想される。

 好きな人ができたから相談したい、とか。

 もしくは、共通の人を好きになっていると思っているから探りを入れに来た、とか。


「未達成だった場合の話をしよう。男だとカミングアウトする、または幼馴染という関係性が崩れた場合だが、罰ゲームを与える」


「罰ゲームですか……」


 やはりきたか。

 どんな罰なのか。いますぐ荷物をまとめて帰れ、とか?


「春に、今の楓の本当の気持ちを伝えろ」


「へ? 本当の気持ち?」


 あまりに予想外。

 洋子ちゃんは何を言っているんだろう。


「春は楓に好意を寄せている。これはあれだけ言葉や態度にだされていれば、さすがに楓でも気づいているな?」


「え、あ、まあ、はい……。ハルルはかわいいし、ボクのことを好きでいてくれるのはとてもうれしいです」


 これは本音だ。

 もちろんボクはハルルのことが好きだ。見ていて飽きないし、話していても楽しい。


「春が本当に恋愛的な意味で付き合ってくれと言ってきたら、楓はどうするんだ?」


「まさか。ボクたち女同士ですよ? 同性の好きっていうのは、もっとマイルドでさわやかなもので」


「それが楓の本当の気持ちなら、それをはっきりと伝えるんだ。『同性としての好きであって、それを超えた恋愛感情を持って付き合うつもりはない。君に恋していない』とな」


 目の前がチカチカして真っ白になる。


「君に恋していない」と伝える。

 

 恋してる。

 恋とはなんだ……。


 恋愛。


 恋と愛。


 ハルルに対しての愛はある。

 でもたぶん恋はしていない。


 好きだけど恋じゃない。


「恋って……なんなんですかね……」


「そうだな。その答えはみんな知りたいと思っているだろうな。それがはっきりと答えられたら、こんなにも世の中にたくさんの恋愛をテーマにした作品が生み出されることはないんじゃないか?」


「そう、ですか……」


「恋愛なんて私にもわからんよ。実際、大失敗してるしな! だけど、自分の気持ちに『恋』という名前をつけられたらそれはとても素敵なことだと思うぞ。もしそれが相手の『恋』と重なり合うことができたら、世界のすべてが自分のものになった気持ちにもなれるのさ」


 自分の気持ちに『恋』という名前をつける、か。


 ボクのこの気持ち……いったいどんな名前をつけたら良いのだろう。


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