第31話 トリニティプロモーション十文字真紀
「えっと、十文字さんは主役なのにこんな雑用みたいなことを……?」
台本読んだり、優雅に紅茶を飲んだり、なんか色々することがあるのでは⁉
「マキで大丈夫よ。その代わり、わたしもカエデって呼ぶね♡」
ボクたちは更衣室に入り、マキさんが後ろ手に扉を閉めた。
「あ、うん。じゃあそれで」
なんか急に距離を詰めてくる人だなあ。
まあ年齢も近そうだし別にいいけど。
「カエデはダブルウェーブのマネージャーさんなんだよね? わたしはトリニティプロモーションに所属しているの」
「トリニティプロモーションっていうと、俳優が多く所属している大手だよね。うちも俳優部門はあるけど、メイン事業はアイドルと歌手だからちょっと系統が違うね」
トリニティプロモーション。
若手俳優・女優の育成にも力を入れていて、子役からベテランまで幅広い層の俳優・女優が所属している。所属俳優の人数としても芸能界随一だ。
最近では海外進出も始めたという話も聞く。
「わたしはスカウトで入ったばかりだから、事務所の規模はあまりよくわかってないわ」
マキさんは寝ぐせのついた後頭部をポリポリ掻いた。
めっちゃ美人なんだけどなんていうか、オーラがない……。大丈夫かなこの人。
「スカウトなんだ? 原宿を歩いてて声をかけられた系?」
今もそんな怪しい勧誘あるのかな。
「ん~ん。本屋でBL本を物色してたら声かけられた」
あーね?
見た目に気を使わない辺りがオタクのそれか……前のボクだな……。
「へ、へえー。そういう変わったスカウトもあるもんなんだね……」
「わたしのマネージャーさんってちょっと変わってて、スカウトの場所や相手のイメージを、なんか占いで決めてるらしいのよね」
「占いかあ。うちにも詳しい人いるよ。ボクの同僚のマネージャーなんだけど、すっごい当たるよ」
「そうなんだ! うちのマネージャーに会わせてみたいわ」
(そちらにいきましょうか?)
いや、今は大丈夫です……。
(わかりました。それでは、かえでくんもほどほどにしてください)
え、あ、はい。すみません。
「マキさんが占いの結果にぴったりだったんだね」
「マキ」
「え?」
「カエデ! わたしのことはマキって呼び捨てで呼んで!」
「あ、う、うん。その、マキは、マネージャーさんに連れられてトリニティプロモーションに入ったんだ」
ボクがそう言うと、マキの顔が急ににやけ出し、「うへへへへへ」と不気味な笑い声をあげる。
え、やばい系?
美人だけど……。
「ねえカエデ~♡ 名前で呼び合ったんだから、わたしたち親友だよね⁉」
ああ、友達いなくて距離感バグってる系の人か。
まあ、なんかそんな感じはボクと似た者の匂いを感じるから、わからないでもない。
「そうだね。今日からボクたちは親友だよ!」
努めて明るく、ボクはそう返事する。
ボクで良ければ友達になろう!
「うへへへ♡ カエデ~。連絡先交換して~♡」
「はいはい」
ボクたちはお互いの端末を取り出して、フレンド登録をする。
先に親友宣言してからフレンド登録っていうのもなかなかめずらしいな。まあ、こういうのも新鮮でいいか。
「カエデ~。わたしのどこが好き~?」
端末をいじりながらマキが尋ねてくる。
「う、うーん? まだ会ったばかりだしなあ。まあ、なんていうか、ボクに似た匂いを感じるところかな?」
「わたしたち似てるの?」
マキが食いついてくる。
「不器用そうなところとか、友達少なそうなところとか?」
「え~、さっそくわかられてる~♡ わたしの顔以外を好きって言ってくれた人初めてかもしれない♡」
そう言って、屈託ない笑顔を見せる。
素直にかわいいと思った。
「事務所が違うし、立場も違うから、逆にボクたち仲良くなれそう」
「逆って何だし~。ズッ友だよ~♡」
急にギャルかっ。グータッチしようとするんじゃない。
「はいはい、そろそろ着替えて戻らないと怒られちゃうかも? ボクはどれに着替えればいいの?」
「あ~そうだった! そういえば洋子ちゃん、けっこうカエデのこと気に入ったみたいだから良かったね!」
マキがロッカーの1つを開ける。
「え、そうなの? なんでだろ。まあ、気に入られたんなら良かったけど……アシスタントがんばるね」
「わたしも最初の現場が洋子ちゃんの映画だったんだけど、エキストラ兼アシスタントしてたんだ。その時になんかめっちゃ気に入ってもらえて、何回か呼ばれて、今回主役~みたいな?」
「え、すごい出世! マキってシンデレラストーリー歩んでるんだ!」
そういう話を聞くと感動する。
あるんだなー。
まだまだ芸能界も捨てたもんじゃないなー。って、入ったばかりだけど。
「洋子ちゃんの映画ってすごいんだ~。撮影してる最中に、『急にこれじゃダメだ』って言いだして、自らシナリオに手を加えるんだけど、それがいつも神采配でさ~。展開が良すぎて泣いちゃうよ」
ちょっと思い出したのか、マキの目が潤んでいる。
「それは楽しみだなあ。監督に気持ちよく働いてもらって、冴えたひらめきが出るようにするのもアシスタントの役割、なのかなあ」
「どうだろ? それよりも肩揉んであげたり、話し相手になってあげたりとか?」
近所のおばあちゃんの相手じゃないんだから……。
「まあ、できることをがんばるよ……。それで着替えはー」
「ああ、これこれ♡」
そう言ってマキが手渡してきたのは……黒いゴスロリ風メイド服だった。
しかも、超ミニの……って、これメイド喫茶のやつじゃん!
「え、っと、これ?……マジ?」
「マジ♡ はずかしいならわたしも一緒に着るし♡」
「う、うーん」
まあ、グダグダ言っていても仕方ないから着ますけど……。これが監督の趣味、なのかなあ。まさか花さんも着たの……か。
恐ろしい想像をしながらメイド服に袖を通していく。
これ……胸のパットが束で用意してあるけど、何枚入れればいいの……。
パニエでスカートふわっふわだなあ。これで着方あってる?
あとはニーソを履いて……ん、後ろのリボンどうすればいいんだ? 届かないっ!
「うん、カエデかわいいよ♡ リボン結んであげる♡」
そう言いながらマキが抱きついてくる。
距離感すごい近いなあ。
「マキは着慣れてるのかな? めちゃくちゃ似合うね……」
なんていうか、着せられてる感がない。
まるでベテランメイドみたい。
マキの着ているゴスロリメイド服は、ボクのとは若干デザインが違った。マキの着ているほうは、パニエがないせいかスカートのボリュームがあまり大きくなく、腰回りがシュッとして細身に感じる。逆に足の長さが強調されて、スタイルの良いマキにはよく似合っていた。
「洋子ちゃんと一緒の時はだいたい着てるかな~。なんかだんだんはまってきてて、たまに家でも着ちゃう時ある♡」
「そ、そうなんだ。まあ、でもあれだ。寝ぐせがついてるから、髪とかしてあげる。そこ座って」
気になって仕方ない。
これだけ素材がいいのに、化粧っ気がなくて髪もボザボサで……もったいない!
「ありがと~♡ 撮影までにマネージャーさんにやってもらおうと思ってた~」
自分ではやらないのかいっ!
まあいつもレイにやってもらっているボクも人のことは言えないけど……。
自分を見てるみたいでなんかお世話したくなっちゃう。
「カエデは櫛通すのうまいね~♡ ふぇぇぇぇん気持ちいいよぉぉぉぉぉ♡」
「変な声出さないの。きれいな髪なんだから、自分でもちゃんとしようね?」
「ふぁい。カエデお母さ~ん」
「誰がお母さんかっ! ボクはまだ高校生! ママになるつもりはないの!」
「え~、カエデってまだ高校生なの⁉ マネージャーさんだっていうから、わたしと同じくらいかと思った~」
マキが座ったまま、顔を真上に持ち上げて、ボクのほうを見上げてくる。
「わたしと同じ、くらい? って、マキって何歳なの?」
「わたし~? 今年で21しゃい♡」
うわー、めっちゃ年上ー。
なにこのかわいいノリ。21歳ってこんなにかわいくていいんだっけ? もっと大人なんじゃないの? メイド服だからつい、三つ編みにしちゃったけど大丈夫だったかな……。
「ボク17歳。4歳差かあ」
「4歳なら守備範囲内だよ♡」
「何の守備よ……」
ジト目でマキのほうを見ると、「うへへへへへ」と怪しげな笑いで返してきた。
「はい、おしまい! これであとはちゃんとメイクしてもらいなさいよ」
「ふぁい。ありがとうマイベストフレンド♡」
マキは立ち上がると、ボクの首筋に抱きついてきた。
「まったく、調子がいいんだから……」
「さ、早いところ洋子ちゃんのところに行こ♡ そうそう、監督のことは洋子ちゃん、って呼んであげてね。そうすると喜ぶから!」
マキがボクの手を取る。
ボクたちは更衣室から出て、撮影場所へと急いだ。
洋子ちゃん、かあ。
ハードル高いな。