第12話 アイドルコント
「ここがレッスンスタジオですか。わたしたちの選考に使った会議室とは違うんですね!」
仙川さんのテンションが上がっているのが声からもわかる。
前面の壁がすべて鏡。ライティングも強めで、高そうなスピーカーがいくつも置かれている。フローリングは傷一つなく、しっかりと管理が行き届いているように見える。
本格的でプロって感じ。
「あの部屋は多目的に使われる会議室だから、レッスン専用の部屋とは違うわ」
どこか得意げな花さん。
今日はスーツ姿ではなく、7分丈の緑ジャージにTシャツ。震える字で「婚活中」と書いてある。……まさか自作か?
今朝、食堂に集まった時に、大食いの婚活女子からお誘いを受けたのだった。
「七瀬さんと仙川さんは今日は一日オフになります。正式に働いてもらうのは明日からです。でも、寮組のアイドル候補たちがレッスンスタジオを使う予定があるから、良かったら見学してみる?」と。
ボクも仙川さんも2つ返事で参加を表明して、今に至る。
「「おはようございま~す」」
入口のほうからあいさつが聞こえてくる。
「お、おはようございます!」
しまった、緊張して少し声が上擦ってしまった。
「あ~、カエくんだ~。おはようございます~」
メイメイが小さく手を振りながら小走りに近づいてくる。
天使かな?
あ、天使だったか。
「メイメイ! おはよう!」
毎日かわいいメイメイ!
「カエくん? メイメイ? なんな~ん? 2人はどういう関係なん? 怪しいなあ」
おお! あれはナギチ!
ニヤニヤしながらふわふわ金髪パーマの子、水沼渚さんが近づいてきた。通称ナギチ。≪初夏≫のメンバーだ。
「ほれ、白状しな。お姉ちゃんには言えないような関係なん?」と、メイメイの脇腹をつついている。
「ちょっと、くすぐったいです~。言います、言いますから~」
メイメイがキャーキャー言いながら逃げ回っている。
「もう、ナギサちゃんのイジワル! カエくん助けてくださいよ~」
メイメイがボクの背中に隠れるように後ろに回るとしゃがみ込んだ。
「渚お姉ちゃんって呼ぶ約束やろ~。カエくん、サッちゃんを渡しなさい!」
「トランプで負けた罰ゲームは昨日で時効です~」
ボクをはさんでメイメイとナギチのコントが繰り広げられている。
「ゴホンッ。渚さん、そろそろ落ち着いてください。サクラのことも紹介してもらってもいいですか?」
腕組みをして仁王立ちの子。小宮桜さん。通称サクにゃん。もちろんサクにゃんも≪初夏≫のメンバー。
あれ? でも頭についているのは、ネコ……ミミ? そんなのつけていたっけ?
「ごめんなぁ。サッちゃんがかわいくて、ついからかってしもうたわ。サクにゃんのこと1人にしてごめんなサクにゃんもかわいいなぁ。よしよしよし」
ナギチがサクにゃんと呼ばれた子の頭を撫でまわす。
「ちょ、渚さん! やめてください! 髪が乱れます! 触らないでください!」
サクにゃんはナギチの手を払いのけて鏡の前へダッシュ。真剣に髪型を整え始めた。
ネコミミは外さない!
「はい、アイドルチームのコントもこれにて終了ね。私からみんなのことを紹介するわ」
と、花さんが割って入る。
ちょうど良いタイミング。それにしてもコントって。まあコントだったけど。
それぞれ紹介されて、挨拶をする。鏡の前から動かないサクにゃん以外は。
水沼渚さん(ナギチ)。18歳。
関西出身かと思いきや、埼玉出身のエセ関西弁。めっちゃ陽キャ。
金髪もパーマも地毛だと言い張っている。
小宮桜さん(サクにゃん)。15歳。
白いネコミミカチューシャを常につけているらしい。
ナギチの言葉を借りると「サクにゃんは重度のアイドルオタクなんやわ~。キャラ付けしたら売れると思ってんねん。なんやネコキャラで行きたいらしいから、みんなかわいがってあげてな~」ってな感じ。
夏目早月。16歳。
超絶かわいい天使。以上!
ボクは知っている。
彼女たちが≪The Beginning of Summer≫としてデビューすることを。
「紹介もすんだところで、レッスンに入りましょうか。時間も限られてるからね」
花さんはポンと手を打ち鳴らした。
「と言っても、今日は昨日の動画を見ながら各自練習よ。ダンス講師はいない日です」
「なんやそうなんか~。ほなら、適当でええか~」
「渚さん、しっかり自主練してもらわないと困ります! サクラたちはチームなんですから、1人下手な人がいてアイドルになれなかったら恨みます! 化けて出ます! 化けネコです!」
サクにゃんが食って掛かる。
「オーディションなぁ。わかった、わかりました! 恨まれたらかなわんから、あ~しもいっちょ練習したったるか~。でも受からなくても堪忍な」
「渚さんが1番下手なんだから1番練習してください!」
「いくらサクにゃんでも言うて良いことと悪いことがあるねんで! 悪いのはこの口か、この口か!」
追いかけっこが始まる。
「あの2人、いっつもあんな感じなんですよ」
メイメイが隣でニコニコしていた。
メイメイもさっき同じようなコントをしていたけどね?
「それはそうと……」
それまで黙っていた仙川さんが、急に大きめの声を出しながら、ボクとメイメイの間に割って入ってくる。
「昨日聞きそびれたのですが、お2人は以前からのお知り合いなんですか?」
ち、近い。
太ももをそっと撫でないで……。
「カエくんは私のバディですよ~。馴れ馴れしいあなたは誰ですか~」
「わたしは、かえでくんと同じマネージャー同士で……同じ部屋……同棲! そう同棲してるんですよぅ」
「同棲⁉ カエくんどういうことなんですか~⁉」
「いや、会社で決められた同室ってだけだからね⁉」
仙川さん、言い方~。
「かえでくんたら、他人行儀ね。昨日は2人っきりで未来について語り合った仲じゃないですか」
占いでね? 仙川さんが占いをしてボクの未来を観たってことだよね?
「それに今朝は濃厚なスキンシップを……これ以上はプライベートなことなので控えさせていただき餡巣」
うっ、それは間違ってはいないけれど……わりと無理やりだったからね?
というか、仙川さん昨日とキャラ違ってるよね⁉
神秘的な雰囲気の魔女っぽい人どこ行ったの⁉
「未来⁉ スキンシップ⁉ どういうことなんですか~⁉」
メイメイが腕を引っ張ってくる。
「え、うーん。昨日の夜ちょっと占いをしてもらってね……未来の占い結果の話で……」
「かえでくん、占い結果は他人に話してはいけないんですよ。良くない方向に進んでしまう可能性があるので他言無用で。先生との約束ですよぅ」
仙川先生が、シーッと口元に人差し指を当ててみせる。
「ずるい! 横暴! 私は他人じゃないからセーフですよ~!」
メイメイがキイキイになっていた。
「ほ、ほら、みんな、そろそろダンスの練習しないと!」
ボクは部屋に響き渡るような大声で叫んだ。
「あら、ようやく三角関係終わったかしら?」
花さんはこちらも見ずに部屋の隅で端末をいじっていた。
助けてくださいよ……。
「私はいいけどね。練習せずにオーディションに落ちて困るのはあなたたちですからね」
「それは困ります! サクラはアイドルになるって決めてるんですから!」
「サクにゃんやる気マックスやんか~。あ~しもやったるで~」
「え、あ、はい。カエくん! さっきの話の続きは後で聞きますからね~!」
はい……。
「ふふっ、困りましたね。どう説明するんですか?」
あのー仙川さん、全然困ってませんよね? 9割あなたのせいですからね?
うまい言い訳あるかな……。