第19話 スタジオに知らない女の子がいる
放課後、いつも通り練習場に行くと、知らない女の子が柔軟体操をしていた。
あれ? レッスンスタジオ間違えたかな。
一度部屋を出て、カレンダーと部屋番号をチェック。
部屋は……合ってるな。
もう一度練習場に入ってみる。
気のせいじゃない。やっぱり知らない子がいる。
……体めっちゃやわらかいな。
まさか新メンバー⁉
こんな時に限ってまだ誰も到着していない。
仕方ない……一応話しかけてみるかな。
「こ、こんにちはー」
「ん、こんにちは?」
その子は開脚ストレッチをやめて、こちらに顔を向けてきた。
うわっ、めっちゃ美人!
大きくてパッチリとした黒目がちな目でこちらをじっと見てくる。小さな鼻、桜色の薄い唇。さらさらストレートな黒髪からちょこんと飛び出した耳が特徴的でかわいい。
「ん、そんなに見つめてどうしたの?」
「えっと、その……」
なんて声をかけたらいいんだろう。
緊張する。
「やっぱりヘン……かな?」
美人さんが自分の髪の毛を指に巻いてくるくるいじりだす。
「え? 何が?」
「この髪……」
「え、っと……素敵だと思いますよ?」
「何で疑問形なの。カエちゃんがやれって言ったのよ?」
ん? カエちゃん? うっそ、まさか⁉
「ナギチ……なの⁉」
「気づかないで話しかけてたの⁉ やだもう~」
美人さん……ナギチは笑いながら足を畳んで胡坐をかいた。
「ごめん、ホントにぜんぜん気づかなかった……。いきなり練習場に超絶美人がいるから、新メンバーかもしれないと思って……」
「だから褒めすぎよ! ストレートにして色も黒にみたけど、どう、エルフっぽい?」
ナギチは照れ笑いしながら、自分の耳を引っ張ってみせる。
「すっごい似合ってる! えーなにー。めっちゃいいじゃん! 写真撮らせて!」
返事も待たずに端末のカメラで連写する。
うわー、これはすごい!
マジかー。みんなにシェアしよ。
10人のグループに写真を投稿する。
「ちょっ、個人情報!」
『零:なぎささんナイスエルフ』
さっそくレイからの返信。
『都:渚さんイメチェン⁉』
『桜:素敵です!』
『詩:やるじゃない』
『栞:すぐロードオブザリングの撮影準備をするわ』
『月:ナギサちゃーん日サロの予約しましょ~』
『海:素敵ですけれど、金髪仲間が減ってしまいましたわ』
『春:ナギサさん⁉ みんなのコメント見るまでわからなかったわ!』
高速で全員からの反応が返ってくる。
『渚:これは違うのよ~。カエちゃんが無理やり……』
『楓:美人エルフ爆誕。勝ったなガハハ』
「ナイスエルフです」
うぉ、レイ!
急に音もなく現れた。平常運転。
「レイちゃん……私、これで人前に出ても大丈夫かなあ?」
相変わらず自信なさげなナギチ。
アニーより遥かに良いと思うよ!
「とても良いと思います。かえでくんの顔を見てください。鼻が広がっているでしょう? なぎささんを見て興奮しているんですよ」
「え、そうなの⁉ やだも~」
ナギチが爆笑しながら背中を叩いてくる。
ボクは思わず鼻を押さえて隠す。
鼻が……ボク、そんな癖があるの⁉ 自分でも知らなかったんですけど⁉
「興奮とかそういうのじゃなくてね? ナギチはもともと美人だし! すっごい良いと思うよ!」
「2人ともありがと。そんなに褒めてくれなら自信持っちゃおっかなあ」
そう言って微笑むナギチの顔は、まんざらでもなさそうな表情だった。
「花さんの許可は取ってるんだよね?」
「もちろんよ。ちゃんと事前に話を通してあります。賛成してくれたわ」
「それなら良かった。CDのジャケット写真の撮影はまだだし、大丈夫そうだね」
あれ? でも先行配信のサムネイルは……まあ細かいことはいいか。どうせCDが出たら差し替えだろうし。
「わたしたちのソロユニット曲の雰囲気にも合いそうですね」
レイが言う。
「せやな~。着物にはやっぱり黒髪やんな」
ナギチが同意してうなずいた。
「そういえば2人のユニット曲は、やっぱり演歌なの?」
そこを確認するのを忘れていた。
メイメイによると演歌だという事前予想だけど。
「そうやで。演歌や。正式な演歌かはわからへんけど、演歌風?」
「デモを確認しましたが、こぶしをきかせて歌っていましたから、演歌だと思います」
「ホントに演歌なのかあ。あまり聞かないジャンルだから、何とも言えないけど、逆に新鮮ではあるね?」
「あーしはわりと演歌好きやから、プレイリストにも入ってるで」
ほら、と端末のプレイリストを見せられても、演歌の曲名になじみがないので「そうなんだ」くらいの感想しか出てこない。
だけど、男性アーティストの名前が多いね?
「わたしは音楽をあまり聞かないのですが……こんなリストです」
レイが遠慮がちに端末を見せてくる。
なんていうか、「アイドルグループの勉強をしてます」って感じのプレイリストだね。
「アイドルソング以外のジャンルも聴くと幅が広がるかもよ?」
「そうなんですね。演歌も聞くようにしてみます」
「お、演歌ならあーしがおすすめを紹介するで」
ナギチが嬉しそうにしている。
まあ、2人で演歌の勉強をしたほうが、ユニット曲にも生きてくるだろうし、がんばってね。
「ところでカエちゃんのプレイリストを見せてもらってないわよ?」
ゆっくりとフェードアウトしようとしたボクの肩を、ナギチががっちりとつかんでくる。
急に美人モードでしゃべりかけるのやめて? ドキッとするから。
「いや、ボクのプレイリストは別におもしろいものはないから……」
じゃあ、と言ってその場を後に……。だが、大魔王からは逃げられない!
「良いからみせ~や。そういう流れやろ?」
「はい……」
しかたなく端末を操作してからプレイリストを見せる。
「まあ、J-POP中心かな。月並みで面白みがないから見てもね、ハハハ。それじゃ」
そそくさと端末をしまってその場を後に……。
「なぎささん、そのリストではありません」
ドキッ!
「ほう? おもしろいのがあるんや?」
「一番下の『BGM4』というプレイリストがおすすめです」
「ちょっ!」
レイ! なんでそれを!
「BGM4……こ、これは……自作のファイルか? ファイル名からだと内容がわからんな」
はい……。
「ASMRですので、再生する時はヘッドフォンをつけてください」
おお、神よ! お許しください。
「おおきに。どれどれ、ASMRか。初体験や」
うきうきのナギチ。
いや、もうホント許してください……。
「えっ、おわっ⁉ なんやこれ⁉」
慌ててヘッドフォンを外すナギチ。
再び恐る恐るヘッドフォンをつけるナギチ。
「ダミーヘッドマイクという特殊なマイクを使いまして、顔を嘗め回す音をですね――」
ころしてころして……。
「へ、へえ……カエちゃんはこういうのが好きなんや?」
ほら……ドン引きじゃん……。
「そうなんです。かえでくんのためにわたしが録音しました」
「これ、レイちゃんなんや?」
「そうです。わたしは3番目の頭を撫でる音が好きなのですが、かえでくんは8番目の――」
「レイ! それは!」
ホントそれは口にしたらダメだからっ!