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第18話 ナギチがアイドルになった理由

 ナギチのことを考えたのは、日曜日のトーク会2日目が終わった後のことだったと思う。

 

 ナギチの歌はグループトップクラスの実力があり、自己プロデュース力にも優れ、自己研鑽を怠らない性格はアイドルとしての大きな武器だと思う。ダンスはあれだけど、それも個性ととらえれば、人間臭くてプラスポイントにも見えてくる。


 けれど、不思議なんだ。

 アイドルでありながらアイドルっぽくない言動が多い。自分がアイドルには向いていないと決めつけていて、時折斜に構えたような態度を取る。そこがわからない。


「ナギチはさ、アイドルって好き?」


「その質問に答える前に1つええか?」


「なに?」


「こっからあーしはおもしろいことは一切言わへん。まじめに答える。レイちゃんと約束したしな。それでもええか?」


 ナギチが居心地悪そうに、頭の後ろを掻いていた。


「もちろん。ボクは真面目に質問する。茶化すつもりもないよ。だから、ナギチにも真面目に答えてほしい。ここでの話は、ボクたちだけの秘密だ。誓うよ」


 ボクは胸に手を当てて、誓いを立てた。

 純粋にナギチのことが知りたい。


「わかった。あーし……私、ここからは普通にしゃべるね」


「えっ⁉ 標準語! うっそ! めっちゃかわいいっ!」


「茶化さへんって言うたやんかっ!」


「ごめん、今のはホントごめん! いやホントにかわいくて、つい本音が出ちゃっただけだから!」


「もうつっこまないわよ……。かわいいって言ってくれてありがとうって言っておくわっ!」


 ナギチはちょっと顔を赤らめながらそっぽを向いてしまった。

 何この美少女。ギャップにビビるわー。


「ごめんて。……改めて質問! ナギチは、アイドル好き?」


「好きよ」


 ナギチはボクのほうに向き直ってから即答した。


「どんなふうに? 憧れ?」


「私、かわいいものやきれいなもの、美しいものが好きなの」


「そうなんだ。あ、もしかして、スイーツも?」


「そうよ。子供の頃、初めてケーキを見た時、『食べたい』というよりも『きれい』って思ったのを覚えているわ。ケーキ屋さんでイチゴのホールケーキを初めてみた時だったわね。クリームとイチゴだけなのに、無駄のない芸術品に見えたわ。完成された宝石みたい」


 目をつぶって想像しているのだろうか。うっとりした表情を見せている。


「プロの作るケーキって見た目もステキだよね。目で見て楽しむというか」


「そうね。あの領域に達したくて、小学生の時の夢はケーキ屋さんだったのよ」


「あーなんかわかる。ケーキ屋さんって魔法みたいだもんね」


「お母さんに習って毎日のようにケーキを焼いてたわ。それが今に生きてるのかな」


「毎日ケーキって……めっちゃ太りそう……」


 ケーキはカロリーお化けだからなあ。


「そうね……。お父さんは……太ったわ」


 ああっ! お父さん……味見をがんばっちゃったんだね……。



「あ、そうそう、少し話は変わるんだけど、私ね、小さい頃から河原でめずらしい石を拾ったり、海で色ガラスを拾ったりしてたのよ。今も鉱石が展示されるミネラルショーにはけっこう足を運んじゃうの」


「そっかあ。キラキラしたものが好きなんだね。でも指輪やネックレスなんかはあまりつけたりしないんだ?」


 ナギチはわりとシンプルな服装が多い。

 ボーイッシュというか、ユニセックスというか、そもそもスカートを履いているのは衣装の時だけかもしれないな。


「だって、私、似合わないもの……」


 少し淋しそうに笑った。


「なんで? ナギチ、普通に美人じゃん? 足長いし、スタイル良いし、貴金属や宝石も似合うと思うよ?」


「お世辞はいいの……わかってるから」


 自虐めいた笑いに変わる。


 なるほど、きっとこのあたりに秘密が隠されていそうだ。


「何がわかってるの? ボクは思ったことを言っただけだけど。お世辞も茶化しもないよ。髪型変えたらエルフって言われてもおかしくないくらい整っているじゃない?」


 今は金髪パーマのインパクトが大きすぎるけれど、そこをこう、隠して想像したら……普通にいけるね。


「小学生の時ね、ケーキ屋さんのほかには、魔法使いになりたかったのよ」


「うん。女の子だと一度は憧れるものだよね」


 変身ヒロインや魔法少女は定番だからね。誰しも必ずと言っていいほど通る道だ。


「魔法少女じゃなくて、魔法使いよ。エルフの魔法使いに憧れてたの。私、小学生の時は背の順でも後ろのほうで背が高かったから」


「エルフ! 良いじゃん!」


「ちっとも良くないわ……。5年生の時だったかな、幼稚園の頃からの幼馴染の男の子に『お前みたいな暴力男女がエルフなんてなれるかよ』って言われたの。それが悲しくて……私はそれ以来、女の子っぽい服装をやめたわ」


「うーん? それだけだと何とも言えないけど、ホントにそういう意味で言ったのかなあ」


 よくある照れ隠し的な雰囲気を感じるけど。


「背が高くて力も強かったから、女戦士がお似合いだったのよ」


 ナギチは強がって力こぶを見せてくる。

 でも、目尻にうっすら涙がたまっているのを見ると、いたたまれない気持ちになってしまう。


「昔は昔、今は今。ナギチは今アイドルなんだよ? かわいい女の子の頂点を目指しているんだから、まっすぐてっぺん取りに行こうぜ!」


「うん……。でもやっぱり自信がなくて……」


 再び下を向いてしまう。


 なんだろうなあ。

 何かが引っ掛かる。


「ナギチはさ、自分がアイドルに向いていると思う?」


「……思わないわ」


 ここだ。


「じゃあさ、どうしてアイドルになったの?」


 思い切ってぶつけてみた。

 もしかしたら心を閉ざしてしまうかもしれない。

 でも、正面からぶつかろうと思う。


「どうして……かな」


「≪初夏≫のみんながどうやって集まったのか、いまいちよく把握できてないんだけど、ナギチは自薦? 他薦? 何がきっかけでダブルウェーブに仮所属してオーディションを受けることにしたの?」


「一応自薦……になるのかな。教授が……麻里さんがうちの研究室に話を持ってきたの。私たちの受けたオーディションに参加する5人を集めてるって」


「麻里さんが? そうか、麻里さんが集めたのか……」


 確かにそう言われてみて気づく。

 ボクとウーミーを除いた9人が、あまりにも麻里さんに近い存在だということに。


 モヤモヤする。


「3人は既に決まっていて、あと2人探していると言われて。研究成果の広告塔の話が出て、サクにゃんがすぐに手を挙げたわ」


「サクにゃんらしくておもしろい」


 ボクは思わず笑ってしまった。

 その光景が目に浮かぶようだ。


「私は手を挙げようかずっと悩んだわ」


「なんで? アイドルに興味なかったんじゃないの?」


「あるわ! すごくすごく興味あるわよ! 私だってかわいい服が着たいし、ちやほやされたいって気持ちは人並みにあるの! アイドルだったらかわいい服を着ても誰にも怒られないし……でも、似合わないってバカにされるのがつらくて……」


「でも、手を挙げた。今は立派にアイドルしてるもんね」


「麻里さんがね、『そんな顔してないでやってみろ』って背中を押してくれたの」


 そうか、麻里さんが推したのか。


「麻里さん見る目あるなあ。ナギチはアイドル向きだからね。間違いないよ」


「私がアイドル向き?」


「きれい、かわいい、明るい、スタイルが良い、歌がうまい、話術がある、面倒見が良い、努力し続けられる、他にもいっぱい向いているところがあるよね」


「褒めすぎ……恥ずかしいわ」


「褒めてないよ。事実を並べただけ」


 淡々と事実を並べているだけなのに、ナギチの顔が赤くなったり青くなったりしていた。他者評価を聞くのは、まあ恥ずかしいか。

 でも、自己肯定感が低すぎると卑屈になりすぎてしまうから、それは何とかしていかないといけない課題だと思う。


「カエちゃんのそういうところっ!」


 と、ナギチが急に大声を出した。


「ん? そういうところ?」


「この……人たらし」


「なっ! ホントのことを言ってるだけなのに! ひどいっ!」


「そうやって思わせぶりな態度ばっかり取ってるとな、気づかない間に勘違いさせてしまうからきぃつけ~や? ま、あーしは平気やけどなっ!」


 ナギチはそっぽを向いてしまった。


 勘違いさせるって? ハッハッハ。なお、イケメンに限る!

 嘘ついたり、お世辞言ったりしてると、あとで取り繕わないといけなくなるし、そういうコミュニケーションはもっとコミュ力が高い人がやるものなのだよ。コミュ障の一般人は、とにかく謙虚に真摯に向き合うことこそ美徳なのだ!


「でも……今は騙されてあげるね」


「うん」


「私のこと、アイドルに向いてるって言ってくれたカエちゃんの言葉に騙されてあげる!」


「うん」


「いきなりキャラチェンジは難しいかもしれないけど、私、本気でアイドルの頂点目指してみるね!」


 そう言って、ナギチは笑った。

 すごくすごく、かわいい笑顔だった。


 ボクは無意識のうちに、端末のシャッターを切っていた。


「ちょっ、何撮ってるのよ!」


 カシャカシャカシャ。

 照れたところも連写しておいた。


「ね、これ見て。さいっこうに、アイドルしてるよ!」


 エプロン姿で宝石も貴金属も、飾り気のあるものは何も身に着けていないけれど、ナギチの笑顔は最高に輝いていた。

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