第17話 パティシエなぎさのスイーツ講座2
「さ、こんなもんでええやろ。しっかり混ざってるから、電子レンジにかけていくで」
「シュー生地、焼きますか⁉」
メイメイが目を輝かせる。
「残念。まだや~。まだ生地の下準備に何回か温めて混ぜるのを繰り返す時間やで」
「そうですか~。大変ですね~」
「この手間がシュー生地をおいしくするんやで」
そう言って、ナギチは電子レンジにかけて生地を混ぜるの作業を2回ほど繰り返した。
「よしゃ。卵黄を混ぜていくで。3分の1くらい入れて~な。熱いうちに混ぜるんやで」
「はい! 混ぜます~」
3分の1ずつ卵黄を入れて生地を混ぜる、という作業をさらに2回行ってようやく生地が完成した。
「電子レンジをオーブンにして予熱してる間に、鉄板に生地を絞って焼く準備をしていくで~。ま~るくな。ま~るく。ここで絞った形をベースにシュー生地は膨らんでいくからなるべく正円になるように絞ろな」
「うーん、難しいなあ」
「絞りながら手を上に動かしたらあかんで。手の位置は固定で、一気に適量絞るんや。ロボットになったつもりで均一にな」
「シュー生地絞るロボは開発してないの?」
「ないことはないんやけど、すでに実用化されてるから手元にはないな~」
「作ってたんだ……」
「あーしらは何でも作るで~」
ナギチは笑った。
ロボット研究ってそういうこともやるんだ。
「さ、絞れたらさっそく焼いていくで。予熱が終わったら、温度が下がらないように手早くオーブンに鉄板をインや! あとは焼き上がりを待つだけや~」
「わ~い。楽しみです~。まん丸に膨らみますか~?」
ボクとメイメイは、動画が回っているのも忘れて、ずっと電子レンジを眺めていた。
少しずつ膨らんでいくシュー生地を見て、心が躍った。
「さあ、もう少しで生地も焼き上がりや。クリームの仕上げにかかるで」
冷蔵庫で冷えたカスタードクリームと生クリームを混ぜていく。
冷えて固くなっていたカスタードクリームが生クリーム混ざってやわらかくなっていく。料理って魔法みたい。おもしろいなあ。
「サッちゃん、ここでお待ちかねの味見タイムやで!」
「クリーム味見です~! んま~い!」
メイメイ、今日一番の大声が出た。
心の底からの叫びだったのだろう。自分で作ったクリームは味も格別だよね。
「よしよし。それは良かったなあ。お、ちょうど生地が焼けたで」
電子レンジがピーッと音を立てて生地の焼き上がりをお知らせしてくれていた。
どうかなあ。膨らんだかなあ。最後見てなかったけど大丈夫かなあ。
ドキドキ。
「いざ、オープン!」
ナギチが電子レンジを開ける。
見事にまん丸に膨らんだシュー生地たちが並んでいた。
「やりました~! カエくん、カエくん! 見てください! まん丸ですよ~」
「やったね! 成功だ!」
「どや~! あーしの言う通りちゃんとやれば失敗はないんやで」
そう言って高笑いするナギチは本当にすごかった。
さすがパティシエ!
「さ~あとはこの生地を半分に切って、好きなだけクリームを絞り入れたら完成や! 最後に粉砂糖を上からふるってお化粧しような」
「は~い! はみ出るくらいのクリームを入れるですよ~」
まさに歌の通りだった。
たっぷりのカスタードクリームを入れてシュークリームは完成した。
ボクの想いは……まだ怖くて伝えられない……。
せーの。
「「なぎさ先生、今日はありがとうございました。シュークリームが上手にできました」」
ボクたちは声を合わせてお礼を言った。
「初心者2人でも失敗なく上手にできるシュークリームレシピ。どうや? これを見た人もぜひ作ってみてな。感想はコメント欄にお願いな。じゃあまた次回のスイーツ講座でお会いしましょう。ほなまたな~」
動画収録が終わった。
シュークリームの写真撮影とSNSへのアップも終わった。
新曲への匂わせということで、今回はちゃんとボクも一緒に写った。
「今日はありがとう。お店で売ってるみたいなシュークリームができて感動してる!」
「せやろ~。これでも簡易版の作り方やからな。あーしが本気出したらもっとすごいで」
「またお料理教えてほしいです~」
ボクの中でのナギチの印象が、おもしろアニーから頼れるお姉さんへと見直された瞬間だった。
だからこそ、今、聞いておきたいことがある。
「ねえ、ナギチ。ちょっとこの後、まだ時間ある?」
「ん、おお。少しなら大丈夫やで。サッちゃん、そのシュークリームせっかくだからみんなで食べよか。先に練習場所にもっていってくれへん?」
「はい~。私先に行きますね~」
ナギチがさりげなく2人きりになるようにしてくれた。
メイメイが箱に入れたシュークリームを持って部屋を出ていったのを確認してから、ナギチが口を開いた。
「ほいで、どうしたんや?」
「うん。どうしても聞いておきたいことがあって」
ボクは前置きをした。
ずっと気になっていたこと。
「ナギチは、どうしてアイドルになりたいと思ったの?」
知っておかなければいけないことだと思った。
「なんやなんや~。ほんまか~。あはははは」
ナギチが突然笑い出した。
え、何?
ボク何かおかしなこと言った?
面食らっていると、ナギチが目尻の涙をぬぐいながらボクの肩を叩いてきた。
「いや~ほんま、レイちゃんの言う通りやったな~ってな」
「レイ? レイが何か?」
「『かえでくんがどうしてアイドルになりたいと思ったか聞いてきたら、真剣に答えてあげてほしいです』ってさ、何日か前にレイちゃんから言われたんや」
「レイが……」
そっか、レイが。
みんなの前で聞いたらきっと茶化して本当のことは聞けないと思う。
だから、ずっと気にはなっていたけれど、聞くタイミングがなかった。
場を作ってくれていたんだね。
ありがとう。