第15話 ソロユニット曲
平日の夕方。
いつものようにダンスレッスンのための準備運動をしていると、そこにいた全員の端末にメッセージが着信した。
『ソロユニット曲の詳細について』
「ついにソロユニット曲が……」
メイメイ、ハルル、ウーミー、レイ、そしてボクの学園組は息を飲む。
「と、とりあえず内容を見てみましょう?」
ハルルが恐る恐るメッセージを開封する。
ボクたちもそれに習って自身の端末を開いた。
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ソロユニット曲の詳細について
1stシングルに収録予定のソロユニット曲のタイトルは下記の通り。
新垣春&市川都 :危険水域アルマンディンガーネット
小宮桜&三井栞 :Dreamy Games
夏目早月&七瀬楓:シュークリームが膨らまないの
糸川海&後藤詩 :Honey, Feel The Rhythm
水沼渚&仙川零 :涙の雷雲
デモ音源については後ほど配布する。
ソロユニット曲のMVの公開は、11月6日から順次行う予定とする。
詳しい日程については後日通達する。
以上
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ふむ。
なんにもわからない!
「曲名だけ……ですわね」
「これだけではなにもわかりませんね」
ウーミーとレイが顔を見合わせている。
うん、ボクもぜんぜんわからない。
「え~そうですか~? ハルちゃんのところがアニソンで、サクちゃんのところがR&Bで、私たちのところがアイドルソングで、先輩のところがロックで、ナギサちゃんのところが演歌じゃないですか~?」
メイメイが端末を見ながらさらりと言う。
「えっ、そうなの⁉ タイトルだけでなぜ?」
「だってそんな感じしないですか~?」
メイメイが時々見せる謎の洞察力。
「言われてみれば……そんな気もするような……」
うーん、どうなんだろう。
なんとなくそんな気もしてくるけれど、曲名だけじゃわからないなーという空気が辺りを支配する。
「まあ、そのうちデモ曲が送られてくると思うからそれからでも……」
「だけど、アルマンディンガーネットって何……」
メッセージを見ながら、ハルルが首をひねっていた。
「アルマンディンガーネットは果物のざくろに似た宝石ですわ」
「そうなんだ? アルマンディンガーネット……きっと歌詞にも出てくるわよね。噛みそう……」
アルマンディンガーネット。アルマンディンガーネット。アルマンディンガーネット。
これは確かに早口言葉みたいだ。
それに……何が危険水域なんだろう。謎すぎる。
「『シュークリームが膨らまないの』楽しみですね~」
「あ、うん、そうだね?」
メイメイのうれしそうな言葉に、若干同意できずに複雑な気持ちのボクがいる。
そもそも曲を自分の名義で歌うこともそうだけど、メイメイと2人で歌うなんて緊張しちゃう……プロデュースってこういうことだったかな……。
「きっと片思い中の女の子が相手のことを思ってシュークリームを作る歌ですよ~」
「なるほど?」
「早く恋のシュークリームを膨らませたいです~」
メイメイの中ではすでに曲のイメージができているようだった。
今にも歌いだしそうだ。
「ずっと黙っているけど、レイはどうなの? メイメイによると『涙の雷雲』は演歌だってよ?」
「演歌ということは、着物が着られるということでしょうか」
レイはわりとうれしそうにしていた。
そうだよね。レイにとっては歌よりも衣装が大事。たしかに着物を着る機会はあまりないから、それはそれで良い経験になるのかも。ある意味新鮮でジャケット映えもしそうだし。
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練習の少し後、各ユニットのところにデモのダンス映像と歌詞が送られてきた。
メイメイと一緒にチェックする。
メイメイが言うアイドルソングのカテゴリーなのかはちょっとよくわからなかったけれど、激甘の純度100%のピュアピュアな片思いソングだった。
歌詞も曲調もめちゃくちゃラブい!
まぶしすぎて直視できない……マジこれボクたちが歌うの⁉
歌詞の流れはこう。
仲良し男女4人組のグループで休日に遊園地に行くストーリーのようだ。
その中の1人の男の子に片思いしている。その彼のことを思って、早朝からシュークリームを手作りしているところから始まる。
とくにサビのところが印象的。
上がったり下がったり、気持ちが乱高下していて、とっても危なっかしい恋する乙女という感じ。
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シュークリーム ふわふわどうして
まん丸に膨らまないの
何度焼き直しても
触ったらしぼんじゃうの
ぺちゃんこのシュークリーム
まるで私の気持ちみたい
この想い伝えられない
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出発の時間が迫る。
でもまだシュークリームはうまく焼けない。
最後の1回、これでうまく焼けなかったら彼への気持ちはあきらめる。そう神様に祈りながらオーブンに火を入れる。
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シュークリーム ふわふわふくらむ
まん丸に膨らんだんだ
たっぷりカスタードクリーム
入れたらはみ出しちゃった
まん丸のシュークリーム
まるで私の気持ちみたい
この想いバレちゃうかな
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一生懸命作ったのに、勇気が出なくて結局渡せなくて、遊園地の帰り、1人泣きながら家の近くの公園でシュークリームをかじる。
その公園に彼がやってくる。
「そのシュークリーム僕にもちょうだい。ずっと甘い匂いが漂っていたよ」と。
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シュークリーム ふわふわ2人で
まん丸に膨らんだんだ
クリーム口についたまま
彼がありがとうって微笑む
まん丸のシュークリーム
まるで私の気持ちみたい
この想い届いたらいいな
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「シュークリーム作りたいです~」
デモのダンス映像を見終えた直後、メイメイが目を輝かせて訴えてきた。
「え、あ、うん……シェフにお願いしたらいいんじゃないかな……」
まーーーーねーーーーー! 気持ちはめっちゃわかる!
この曲を聞いたら誰でもそんな気持ちになるよね。誰かに手作りのお菓子を食べてもらいたい。そんな強く想う相手がいたら、って。
「自分で作りたいです~」
「うーん。わかるよ。でも料理はちょっと……」
「今度はちゃんと本気で作りますから~」
メイメイが食い下がる。
気持ちはわかるんだよねえ。ボクもけっこう作ってみたい気持ちになってるし。
あー、恋の曲って好きだなあ。
気持ちが洗われるっていうか。
恋したい。
……ボクは恋したいのか? 恋する気持ちに憧れているだけなのかわからないな。