第14話 ボクの思い描く未来
オンライン個別トーク会2日目の午後。
午後に予約枠が入っていないボクとメイメイは、トーク会・対決勝利者へのプレゼント用写真撮影にいそしんでいた。
「かぶりのないポーズってけっこう難しいね」
「そうですね~。先輩たちのポーズを真似てがんばります~」
手のポーズをグーチョキパーにしながら、バリエーションをつけるやり方はきいたことがある。あとはなんだっけ。表情を何パターンかの組み合わせで……。
ポーズについて色々調べていたら、メッセが届いた。
ん。なんだろ、ウタから?
『少し困ったことになったので、トーク会のスタジオまで来てくれない?』
トラブルか。
それはすぐ行かないと!
「メイメイ、なんかトーク会でトラブルらしい。ちょっとヘルプに行ってくるね」
「はい~。どうしたんでしょうか」
「わかんない。ウタがスタジオに来てくれってさ」
「緊急かもしれないですね。カエくんは先に行ってください。私が撮影機材を片づけておくので大丈夫です~」
「ありがとう! 先に行って事情を聞いておくね。片づけお願いします」
メイメイを残してトーク会のスタジオへと急ぐ。
配信機材のトラブルなら花さんか、同枠でサクにゃんがいるんだから、シオに頼むよね。
となると、人のほうのトラブルかな……。
ウーミーに何かあったのかも。
* * *
「ウタ、何かあったの?」
と、一応声をかけたものの、どう見ても何かあったのは明らかだった。
ウーミーが机に突っ伏し、体を震わせて泣いていた。
「楓、きてくれてありがとう」
ウタがボクに気づき、少しホッとしたような表情を見せた。
ウーミーの後ろに立ってはいるが、何もできずにオロオロしている様子だった。
こんなに余裕がないウタを見るのは初めてかもしれない。アカリさんが消えた時でさえ、平静を装っていたというのに。
「……どうしたの?」
「それが今日最後にトーク会で入った方とトラブルになってしまって……」
「トラブル?」
「私、最後の方なので先に片づけに入ってしまっていて、後ろについていなかったよ。どうやらかなりきついことを言われたみたいで……」
どうもウタの話は要領を得なかった。
事情をきちんと把握できていないようだ。
「ウーミーに話しかけてみても大丈夫かな?」
「そうね。お願いするわ。……実は楓を呼んだのには訳があって……。どうやら≪初夏≫に加入したのが海さんではなくて楓のほうが良かった、というようなことを言われていたみたいなのよ」
ウタが言いにくそうに小声で耳打ちしてきた。
よりにもよって、なんてことを……。
そんなことを言う人がホントにファンなのか……。
ライブやトークのダメ出しをするのはまだ良い。そこに愛があってもっとこうしたほうが良いとか、こういうほうが好きだと伝えるのはファンの活動としてまだわかる。
でも、メンバーにならないほうが良かった、だって?
もしホントにそう思っていてもそんなことを言って何になる……しかも本人に対してなんて……。
「わかった。ちょっと話してみるね」
ウーミーは机に突っ伏したまま、肩が小さく震えていた。
つらい思いをさせてしまったね……。
「ウーミー。トーク会、今日の枠は全部終わりだね。お疲れ様」
努めて明るく話しかけながら、そっと背中をさする。
と、ウーミーがガバッと起き上がった。
「楓さん……わたくし、ここにいたら迷惑なんですの……。わたくしが入ってグループの雰囲気を壊しているって……」
ボロボロに泣きながら、ボクの袖を引っ張ってくる。
「何言ってるの。≪初夏≫は最初からウーミー、メイメイ、サクにゃん、ナギチ、ハルルの5人だよ。その5人で作ったグループなんだから、その前なんてないんだよ」
「でも公開オーディションがあって……わたくしも拝見しましたけれど、本当にステキで、だからみなさんと一緒に……」
たしかに公開オーディションはあった。顔は映らないライブと生配信だったけれど、ボクたちは魂を込めたパフォーマンスをした。それが見てくれた人、審査員に伝わったおかげで≪初夏≫としてデビューできたというのもまた事実だ。
ウーミーもまた、それを見て強い気持ちを抱いてくれたからここにいるのも事実。
ボクは泣きじゃくるウーミーを抱き寄せた。
「公開オーディションはみんなのデビューと、アカリさんへ捧げた特別なパフォーマンスだったんだよ。あれはあの時だけの一瞬の輝きだった」
「本当にステキでしたの……。みなさんと一緒に歌いたい。強く思って……声をかけていただいた時本当にうれしくて……」
「うん。欠員補充という形の募集ではあったけれど、≪初夏≫が本気でトップを目指すには、ウーミーしかいないというのがボクたちの決断だったんだよ。そして今もそれが間違っていたとは微塵も思っていない」
「どうしてわたくしだったんですの……」
ウーミーがボクの袖を離して、ボクの胸におでこを預けてくる。
「それはウーミーが一番よくわかっているんじゃないの? これまでウーミーが誰とも本気で組まなかった理由と同じだよ」
ボクはそっと頭を撫でた。
「わたくしが誰とも本気で組まなかった理由……。これまでは、わたくしの歌や容姿を軸にグループを作ろうとして……。1人で考えて1人で努力して……それならソロでもいいのかもしれないと……」
「バックダンサーとグループを組むのは違うよね。もちろん、ボクたちがほしかったのもウーミーの歌や容姿だよ。でもね、それはメイメイ、ハルル、サクにゃん、ナギチの4人が持っている個性とは別の武器だからほしかったんだ」
「別の武器、ですの?」
「別の武器だよ。5人が集まって、そこから生まれる新たなグループとしての個性、創造性、発展性、そういうまだ見えていない可能性を作っていくのに、ウーミーの個性が必要なピースだと思ったんだよ」
「まだ見えていないんですの?」
「まだ見えてないよねー。百合営業だってうまくいくかわからない。だってまだ、デビューしたばかりなんだよ。みんなで助け合いながら、いろんな可能性を探って、世界に受け入れてもらえるようなアイドルの形を作っている段階だよね」
1人1人の輝きは間違いなく本物だ。
でも、それをグループとしてまとめられなければ、≪The Beginning of Summer≫ としては本物になれない。可能性を持った原石が5人集まっただけになってしまう。
もちろんグループはグループ、活動は個人で、という選択がされること自体が間違いだとは思わない。だけど、それはいろいろあがいた後に考えるべき選択肢、そして全員が納得した結論であってほしい。
「わたくしは……必要なんですの?」
「≪The Beginning of Summer≫にはウーミーが必要だ! ボクの思い描く未来にも、ウーミーが必要だ!」
「楓さんの思い描く未来?」
「武道館でワンマンライブをしたいんだよ。セトリの最初の曲はウーミーの独唱から始まるんだ。照明が落ちて真っ暗な武道館。下からウーミーがステージに上がってくる。そこでワンコーラス1人で独唱する。そこからボクたちの伝説の武道館ライブが始まる! 想像してみて。どう、震えない?」
「わたくしが……震えますわ。独唱……したいですわ!」
「一緒に武道館に行こう! ウーミーが必要なんだ!」
「はい、ですわ」
ウーミーがボクの背中に手を回して抱きしめ返してくる。
「きっとね、これからもいろんな人がいろんなことを言ってくるよ。ファンの人の何気ない一言で傷つくこともあると思う。もしかしたら、ウーミーを意図的に傷つけようとしてくるアンチの人が出てくるかもしれない。でも――」
ボクはウーミーをさらに強く抱きしめる。
「サクにゃん、ナギチ、ハルル、メイメイがいる。そしてボクたちマネージャーもいる。みんなで痛みを分け合おう。受け取るべきお叱りはみんなで受け取って、ただの誹謗中傷はみんなで忘れよう。ボクたちはソロじゃない。みんなで笑ってみんなで泣いて、みんなで武道館に行くんだ!」
「わたくしはもう1人じゃない……。とてもステキ……ですわ」
ボクはウーミーからゆっくりと体を離した。
ウーミーの顔を見ると、泣いているような笑っているような表情をしていた。
「ボクたちはずっと一緒だ」