第12話 エルフが似合う耳
夜の18時。
無事、大きなトラブルもなく、全員の予約枠が終了した。
「みんな、初日お疲れ様~」
都がイスに座ってぐったりしている≪初夏≫のメンバーそれぞれにねぎらいの言葉をかけていく。
「大変だったわ~~~~~」
ハルルがイスの背もたれに寄りかかって天井の一点を見つめていた。
お疲れお疲れ。
「次々と人が入れ替わるから、何の話をしたかちゃんと覚えてないよ~」
「1枠の人ばかりだと大変そうだね」
メイメイはわりとゆったり話をしていた印象だった。
間に間に5枠だったり3枠だったりと長めに入ってくれている人が多かったせいかもしれない。
対決カードを引いてくれる人が7割くらい。残り3割でペットの話やキャンプの話をしたい人がいたって感じだったかな。
1枠の人はほとんど対決カードだったから、メイメイの狙いは当たったということだろう。
「ずっと同じ相手としゃべるのもなかなかしんどいで?」
ナギチが疲労困憊だった。
そういえば、ナギチのところは全枠同じ人が予約してたんだっけ?
「うしろで聞いていても大変そうでした。専門用語ばかりで何の話をされていたのかさっぱりわかりませんでした。わたしももう少しお料理に詳しければお手伝いできることもあったのですが」
レイが悲しそうな顔をしている。
「レイちゃん大丈夫や。ちさぴょんさんはパティシエの専門学生なんよ。マジのガチのトークだから、あーしも本気出してなんとかなったくらいのもんやで」
ナギチの目の下にクマが。
1日でそんなに疲労するとは……ちさぴょんさん恐るべし。お菓子作り恐るべし。
「全枠押さえてまでそんなに話すことがあったんだ? いったい何をそんなに話したかったんだろ?」
単純なる興味。
別にパティシエのプロというわけでもないナギチに、CDを何枚も買ってまで話をしたかった理由が知りたくなった。
「ちさぴょんさんはアイドルにもあこがれててな。アイドルとお菓子作りの両方をやってるあーしを見て、偉大なる先輩やと思ったらしいで」
ナギチは「へへん」と鼻の下を人差し指でこすった。
偉大なる先輩ねえ。
「レイから見てどうだった? ナギチは期待を裏切ることなく、偉大なる先輩でいられたのかな?」
確か明日も予約してくれているんだよね。
もしかして、今日の対話で幻滅してこないなんてことは……。
「ちさぴょんさんは、ずっと感心されっぱなしで、たくさんメモを取っていらっしゃいました。心酔しているといった様子で、今日にでもなぎささんと同じ金髪パーマにしてきそうな勢いでした」
「いけない! アニーの悲劇を繰り返すんじゃない!」
エセ関西弁のアニー風アイドルは1人で十分だ!
「なんやなんや、やっぱりこの髪型あかんのか……。目立つからええかと思っとったんやけどな。ファンの子らからもいじられのほうが多くて、ちょっと悩んでるんよな~」
ナギチがめずらしく真剣な表情で自分の髪の毛をくるくる巻いていた。
「私はそのパーマ、すごく良いと思うわ!」
食い気味にハルルが褒める。
「私、自分では似合う自信がないから挑戦できないけど、ナギサさんの明るくて元気なキャラとマッチしていて私は好きよ」
「そう言ってくれるのはハルちゃんだけやなあ。カエちゃんもファンの子らも、『アニー、アニー』っていじってくるし、レイちゃんはすぐ鬼の角をつけてこようとするやんか」
「それをつけたらドリフになってしまう……」
レイはいったい何を考えて……。
「お笑い方面に行きたそうだったので、偉大な古典をリスペクトして、角をつけて雷様になるのがよいかと思いまして」
「それはガチのやつやんか。アイドルがやるお笑いは、『かわいいのにおもしろ~い』のほうやで?」
「それは本気でやっているお笑い芸人の方たち失礼かと。アイドルか、お笑いか、ちゃんとどちらかに決めるべきだと思います」
わりとマジな方向性についての議論だった。
レイの言っていることは一理あるけれど、ナギチの言っていることが間違っているとも思わない。
「2人とも熱くなりすぎよ」
都が割って入る。
「私はまだ自分たちの可能性を狭める時期じゃないと思うわ。いろいろ試して、何が通用するのか、何が受け入れられる可能性があるのかを探る時期だと思うの。渚さんが王道ど真ん中のアイドルで通用しないなんて決めつけるのは早すぎると思うわ」
正論。
ナギチだってちゃんとかわいい。
アニーとエセ関西弁をやめて、普通のしゃべり口調で勝負したら、スイーツ作りが得意なアイドルへ……なれるかはわからないけど、やってみないとわからないよね。
「まじめな話になってしもうてすまんの」
「ナギサちゃんは黒髪ストレートのほうが似合うと思いますよ~」
さっきまで1人黙々と追加のカードを作っていたメイメイが急に会話に入ってきた。
「あーしがそんなアイドルみたいなの似合わへんやん」
無理無理と、顔の前で手を振る。
「そんなことないですよ~。目はパッチリしてて大きいし、小顔だし。それに耳が大きいからストレートのほうが似合いますよ~」
「耳? 気にしたことなかったわ」
ナギチが自身の耳を引っ張って確かめていた。
「耳が硬めで大きいと、ストレートで下ろしたときにちょこんと髪から飛び出すんですよ~。エルフみたいでかわいくないですか~」
なるほど、エルフっぽいかも。
「私は髪も耳も柔らかいので全部隠れちゃってエルフになれないです~」
メイメイが悲しそうに自分の耳をいじっていた。
「あーしがエルフに……美形のエルフになってもええんか?」
「ナギサちゃんならダークエルフのお姉さんが似合うと思います~」
「ダークエルフ⁉ 肌の黒いやつやんな?」
「そうですよ~。ダークエルフは美人で明るくて強いキャラが多いですからぴったりです~」
そうきたか。
たぶんだけど、いまここにいる全員、白いエルフを想像していたと思うよ。
「今から肌を焼くのはな~。ちょっと勇気いるわ……」
それでも悩むナギチ。
いや、普通にアウトでしょ。
「勝手に髪を切ったり、肌を焼いたりするのはダメよ? ちゃんと事務所の許可を取らないと……CDのジャケットやアーティスト写真とも変わってきちゃうから……」
都の言う通りだ。
そういうビジネス的な問題もあるけれど、ファン的にもアイドルがコロコロ髪型を変えるのに抵抗がある人も少なくない。SNSで「そろそろ髪型変えようかな~」とか「髪色明るくするのどう思う?」みたいな前置きがあって、反応を見るのが無難だろう。
「花さんに話をして、まずはホワイトエルフからチャレンジしてみるのはどうでしょうか」
レイ……エルフ気に入ったんだね。コスプレ、させる気だね?
「あ、う、う~ん。そやなあ。みんながそういうんなら、あーしも王道で攻めてみる時がきたんかもしれへんなあ。アイドルって感じやもんなあ。あこがれはあるわ」
ナギチは悩んでいた。
わりと本気で考えているようだ。
そういえば、ナギチは何でアイドルになったんだろう。
これまで聞いたことがなかった気がするな。