第7話「獣人市場とモフモフ経済学。」
「それじゃあ本日のテーマは――市場ごっこ!」
朝の広場にフランデルの声が響く。目の前のテーブルには、果物、石ころ、古びた人形、木の板……なんでもない品々がずらり。
「これは……遊び、ですか?」
ロルクが訝しげに言う。周囲には獣人の子たちがちらほら集まっていて、耳と尻尾が好奇心全開で揺れている。
「まあ、遊び……なんだけど、ただの遊びじゃない!」
フランデルは指を立ててにんまり笑う。
「獣人たちはさ、人族と敵対はしてないけど、仲がいいわけでもない。だから文化がぜんっぜん混ざってないのよ。特にこの村あたりはずっと物々交換で生きてきた」
「それでも困ってるようには見えませんでしたが……」
「うん。この世界、向上心があんまり発達してないから。みんな“今がそれなりならそれでいい”って思ってる。でもさ」
フランデルは懐から一切れのパンを取り出し、ひらひらと揺らした。
「このパンがやたらと美味かったら、どうなると思う?」
案の定、獣人の子たちの視線が一斉にパンに集中。尻尾がぴこぴこと動き始めた。
「欲しい。でもパン屋はそんなに焼けない。だから取引が必要。でも木の実10個とパン1個を交換するって言われても……パン屋にしてみたら木の実そんなにいらないわけ」
ロルクが腕を組んで考える。
「じゃあ、次は何を持っていけばいいのか……ってなるわけですね」
「そう。でも答えが決まってない。そこにルールが必要になる。ここで人族の文化が登場する!」
「貨幣ですね」
「その通り。人族は金・銀・銅の現物を貨幣にしてる。重さと刻印が価値を示す。だからちょっとしたやり取りでも混乱がない」
「でも、獣人たちはその仕組みを知ってはいるけど、必要だと思ってなかった。人族とそんなに深く関わることもなかったし、欲しくてたまらないものがあったわけでもない。だから物々交換で特に困らなかったんだ」
「そう。だから今後、交流が増えるなら、“同じルール”で暮らす必要が出てくる。そこで今日の『市場ごっこ』よ!」
そう言って、フランデルは「スタンプカード」を高らかに掲げた。
「これは信用の見える化。ちゃんと取引できたら相手にスタンプを押してもらう。たまったスタンプは信用ポイント! たくさん持ってる子は“あの子は信頼できる”ってなる」
「それって……通貨の前段階、ですか?」
「正解。信用が目に見えるようになると、“形にしちゃおう”って発想が出てくる。それが貨幣の始まり」
市場ごっこが始まると、案の定ちょっとした混乱が起きた。
「ねえ、それ本当に交換するって言った!?」「ズルしたー!」「いや耳ぺたはやりすぎだって!」
けれど、揉めごとのたびに子どもたちは少しずつルールを加えた。
「口約束は手を合わせてから」「一度渡したら返せない」「約束破ったら次は取引してもらえない」
誰かが叫ぶ。「あいつスタンプ三つも持ってる!ずるい!」
「ずるくない!ちゃんとありがとうって言ってるし!」
混乱の中に、確かに生まれていた。秩序と、交換と、信頼。
フランデルは遠くから眺めて、ロルクにぽつりとこぼす。
「文化ってこういうとこから始まるんだよな。争って、笑って、納得して。そこに初めて“ルール”が生まれる」
ロルクが小さく笑う。 「……それが、いつか通貨になる」
「そう。モフモフ経済、始まったな」
次回予告:「酒場にて、歌えぬバード。」
音楽という言葉なき言葉。笑わぬバードが紡ぐ旋律に、人々の心が震え始める。世界に初めて“歌”が流れる夜。