第6話「教会と天動説と火刑の匂い。」
「神様って、更新されないんですか?」
ぽつりと、その言葉が出たのは、劇の終わりだった。 観客のひとりが口にした、素朴すぎる疑問。
イレアの脳裏には、さっき見た即興劇の一場面がちらついていた。 牛に恋した青年が、教会の牧師に「それは罪だ」と責められながらも、必死に愛を語るシーン。 演技は拙かった。筋も破綻してた。だけど── あの青年役のロルクの目は、本気だった。
その後、誰かが勝手に始めた“アドリブの牛鳴き”が意外とリアルで、村人の笑いをさらったのも記憶に残っている。 しかも、笑った直後に自分で驚いて口を押さえた老婦人がいた。 「……笑っていいんだっけ?」と小さくつぶやいた声は、なぜか耳に焼きついていた。
演劇が終わっても、人々はしばらくその場に立ち尽くしていた。 拍手もなければ歓声もなかった。 けれど、誰ひとりとして席を立たなかった。
まるで、“何か”が心に残ったまま、動けなくなっているようだった。
イレアは村外れの納屋――いまは臨時の教会調査室として使っている場所――に戻ると、報告書に向き合っていた。
「……明確な教義違反とは断定できず……ただし、教義への意識低下の兆候あり……」
筆が止まる。
「神の教えって、本当に“変わらない”ままでいいのか……考えることをやめるのが、信じるってことなのかな……」
その呟きを、背後から聞いていた者がいた。
「それ、けっこうヤバいこと言ってますよ?」
フランデルだった。 どこからともなく現れて、当然のように椅子に腰かけている。
「あなたは……」
「神っぽいけど無職だからセーフでーす」
フランデルは勝手に書類を覗き込むと、ニヤリと笑った。
「で? “地は動かない”とか、まだ信じてんの?」
イレアが顔を上げる。 「あなた、今なんと……」
「あ、ごめん。うっかり“地動説”的なこと言っちゃった。発想の自由って怖いよね〜」
沈黙。
イレアは目を細めて、フランデルを見つめた。 その瞳の奥で、何かが静かに軋み始めていた。
次回予告:「獣人市場とモフモフ経済学。」
耳としっぽの国に広がる、不思議な市場と毛並みの経済論。世界を動かすのはお金? それとも……信用?