第5話「やる気スイッチはどこですか?」
村の北端に、灰色の外套をまとった女が立っていた。 教会の監察官、イレア。
鋭い眼差しで村を見下ろし、ぼそっとつぶやく。 「……報告にあった“異端の動き”って、まさかパンと芝居?」
手にした教典には、“余計な娯楽や自由意志の発露は信仰を乱す”と、はっきり書かれている。
一方、フランデルは広場でロルクと一緒に“第二回即興劇大会”の準備をしていた。
「よーし! 今日のテーマは“牛が恋をした”でいこう!」
「もう意味が分かりません……」
そんなやり取りを見つめる視線が、ひとつ。
「あなたが……フランデルですか」
「うわ、出た。真面目系硬質お姉さん」
「イレアと申します。教会より、教義の逸脱について調査に来ました」
ロルクが思わず身構える。 「逸脱って……何か悪いこと、したんですか?」
イレアは淡々と答える。 「“演劇”は、人々の心を混乱させ、信仰心を分散させる危険性があります」
フランデルはきょとんとした。 「演劇って、悪なの?」
「信仰の妨げとなるなら、そうです」
「へぇ〜……じゃあ、信じるってのは、笑ったり泣いたりしちゃいけないの?」
「感情は……制御されるべきものです」
その瞬間、フランデルの表情が曇った。
「へぇ……神がそんな設計したんだっけ?」
イレアが眉をひそめる。 「神の設計に、疑義を? まさか……あなた……」
「んー、私? ただの無職神見習いでーす」
広場に漂う、ピリついた空気。 でも、その中でロルクがふと、手を上げた。
「僕……楽しかったんです。昨日の劇。初めて、“やってみたい”って思えた」
イレアは、視線を向ける。 「“やってみたい”?」
「はい。上手くできなくてもいいから、自分で動いてみたいって」
しばらくの沈黙。
イレアは視線を落とした。 「……“やってみたい”……」
その言葉に、何かが引っかかったようだった。
そして──
「演劇の様子、少しだけ見学させてください」
フランデルがニヤッと笑った。 「お、やる気スイッチ、ちょっとだけ入った?」
「確認のためです」
「はいはい、見学者一名様ごあんなーい」
芝居の始まりに、ほんの少しだけ混じった“真面目な観客”。
それは、この村にとっては、たぶんとんでもない進歩だった。
次回予告:「教会と天動説と火刑の匂い。」
イレアの胸に残った違和感。教義と感情、理想と現実。その隙間に、フランデルの言葉がしみこんでいく。