第3話「パン革命、起こしてみた。」
村のパン屋「ミール家」
フランデルが辿り着いたのは、年季の入った石造りの建物だった。入り口には『パンといえばクレド』と手彫りされた看板。誇り高き職人魂が滲み出ている。滲み出す煙と一緒に。
「ふっふっふ……来たな、世界の核心」
木戸を開けると、パンの香り……ではなく、焦げた小麦のにおいが鼻を突いた。
「おい、誰だ!? 営業中だぞ!」
「営業中!? ナイスタイミング〜! 神だけど今からめっちゃ買う客だから、よろしくっ☆」
奥から現れたのは、筋骨隆々のパン屋・クレド。顔が怖い。声も怖い。そして何より、パンが硬そう。
「……神、です」
「は?」
「いや、気にしないでください。ちょっと焼き方、試してみたくて」
クレドの横には、すでに焼き上がったレンガのようなパンが山積みになっていた。
「こいつはな、祖父ちゃんの代から続く“伝統の味”だ。……いじる? そりゃあ、パンが泣くぞ」
「いやいやいや、物理的に歯が折れるやつは味とか以前の問題では?」
「根性が足りん!!」
交渉は難航。というか、交渉になってない。
ロルクが小声で囁く。
「クレドさん、昔から変化をすごく嫌うんです」
「でしょうね。パンが全部同じ形してる時点で気づいたよ」
フランデルはしばし考えた。そして――
「……ふふ、しょうがないな。伝統? いいじゃん、燃やせば」
「なに!?」
「ウソです。でも、新しいパン、焼かせてくれない? あんたの釜、貸して」
クレドは鼻を鳴らした。
「ふん、好きにしろ。どうせ“ふわふわ”だか“しっとり”だか知らんが、そんなもんウチの客は求めちゃいねぇよ」
「え、なにそのピンポイントで図星なワード。……私、言ったっけ?」
「……さては食べたことないな、ふわふわ」
数時間後。
釜からは、見たこともない“ふくらんだパン”が取り出された。焼き色はこんがり、外はカリッ、中はふんわり。
村人がひとり、試しに口に入れる。
もぐ。
「……な、なんだこれ……? 柔らかい……あったかい……」
次々に村人たちが集まってくる。
「味が……する?」「これ……パン?」「なんで涙出てきたんだろ……」
クレドも、ひと口。
「……っ!」
無言で頬を膨らませたまま、背を向けて黙り込んだ。
……肩が、震えていた。
ロルクがぽつりとつぶやく。 「……クレドさん、泣いてる……?」
フランデルが目を見開いた。 「泣いてる!? パンで泣いてる!? パンで!? あのクレドが!?」
「う、うるせぇ! 一瞬だけだ! 一瞬だぞ!!」
世界に、ほんの少し“変化”が生まれた。
パンだった。きっかけは、パンだった。
次回予告:「娯楽ゼロって、拷問ですか?」
笑い方を知らない村人たち。つまらないが日常になっている世界に、フランデルが仕掛けるのは……即興劇!?