第24話「ただいま、世界。」
──朝の村、パンの焼ける匂い。
フランデルはパン窯の前で、生地をそっと天板に並べていた。 ロルクは隣で、粉まみれになりながら成形を手伝っている。
「この前のやつ、ちょっと塩、効かせすぎたかも?」 「いや、逆にクセになったって評判でしたよ」
何気ないやりとりの中に、ふたりの呼吸が自然に重なる。
ふと、ロルクがパン生地をこねながらぽつりと聞く。
「フランデル、次は何を変えましょうか?」
その声に、フランデルは一瞬だけ手を止めた。
「それはね……もう、みんなが自分で決めていいんだよ」
そう言って、またパンをこねる手を動かす。
*
外では、ミルたち子どもが色とりどりの夢を紙に描いていた。 イレアは教会の壁に新しい掲示板を作っていた。 「考えることは、信じること」と書かれた手作りの紙が貼られている。
クレドは相変わらず縁側で茶をすする。 「向上心なんて、無理に持つもんじゃない」とぼやきつつも、フランデルの新作パンをこっそり楽しみにしていた。
*
その日の夕暮れ、空はまるで焼きたてパンのような橙色だった。 パンの配達を終えたフランデルは、村の坂道を登って戻ってくる。
「……あー、疲れた……けど、うん、悪くない」
広場の入り口で、子どもたちが「おかえりー!」と手を振る。 フランデルは、ふっと微笑んで、
「──ただいま」
その一言に、村の空気がふわっと和らぐ。
誰かが返す。「おかえり」
それだけで、世界は、今日もあたたかかった。
*
やり直して、ほんとうによかった。 そう、心の底から思える。
神じゃなくても、パン屋でも、 誰かの明日を少しでも楽しみにできるなら。
それで十分。
──ここが、今の私の“居場所”だ。
*
【完】
おまけ:神界愚痴会
──神界・休憩所(別名:愚痴溜まり)
「……で、フランデルさん、帰ってこなかったんですよ」
神界の使者がため息まじりに報告を終えると、周囲の神々が一斉にコーヒー(神界ブレンド)をすする。
「パン焼いてるって聞いたぞ」 「え、神やめてパン屋? それマジ?」 「いやあいつ、最初から妙に地上ノリよかったしな……」
「てか、お前あのとき“絶対戻る”ってかけてたよな?」 「くっ……ぐぬぬ……!」
「でもよ、なんだかんだで楽しそうだったな」 「私もちょっと行ってみたい。……パン、食べてみたい」
「いや、地上送りはもう充分だろ」 「でもパン……」
──こうして今日も神界は、静かに、そしてどこか未練がましく、地上を見上げるのであった。
お読みいただきありがとうございました。
いかがでしたか?
王道ストーリではないですが、もし、もし、もしも、
楽しんでいただけたのなら、うれしいです。