第23話「さよなら、駄女神。」
──夜の森の奥、フランデルは焚き火の前に座っていた。 パンの焼ける匂いと、ほんの少しの焦げの香り。
そこへ現れたのは、神界の使者。 白い外套をまとった人物が、静かに告げる。
「……フランデルさん。神界評議からの通達を伝えに来ました。 “再召喚”、つまり──神に戻る道が開かれたそうです」
フランデルは、焦げかけたパンをくるりと回しながら笑った。
「へえ、そんなに急に呼び戻されるとはね」
「この世界が少しずつ変わり始めたのは……たしかに、あなたの影響でしょう。 それと──神王レウスがあなたを選んだ時、“最後の希望”をかけてたって、そういう話もあるんです」
使者は一歩、距離を詰める。
「あなたが帰還を選ぶなら、いずれこの世界は“神なきまま”進むことになります」
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翌朝。
パン屋の軒先で、クレド・ミール──元パン屋のおっちゃんが、気持ちよさそうに縁側でひなたぼっこしていた。
「よう、フランデル。朝からパン焼いてるか?」
「そりゃもう毎日。っていうか……おっちゃん、引退してからずいぶん優雅じゃん?」
「ふふん、向上心ってやつを卒業したのさ」
「え、それ言っちゃう?」
「神様、あんたが言うなよ」
ふたりの笑い声が、村の朝にほどよく溶けていった。
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フランデルは村の広場に立っていた。 ロルク、イレア、ミル、村人たちが見守る中、静かに手を挙げる。
「さて、みんな。ちょっとだけ大事な話をするよ」
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その話は、短くて、あったかくて、ちょっと笑えるやつだった。
神だったこと。 ここに来た理由。 いろんなヘマをしたこと。 そして、これから先は“神抜き”でやってみてほしいこと。
ロルクは笑いながら言った。 「……じゃあ、もう神様じゃないんだ?」
フランデルはパンを掲げて答えた。 「うん、ただのパン屋です」
イレアが小さく目を伏せて、でも微笑んだ。 「それでも、私は……あなたに感謝します」
「よし、じゃあ記念にこれでも食べて帰って。焼きすぎたけど」
パンは焦げていた。 でも、村人たちは「おいしい」と言った。
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その夜、フランデルは使者の前に戻ってきた。
「……どうしますか?」
「……うん。こっちに残るよ」
「理由、聞いてもいいですか?」
フランデルは空を見上げた。
「まだ“食わせたいパン”が、いっぱいあるんだよ」
そのとき、使者の口元が、ほんのかすかに緩んだ気がした。
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次回予告:「ただいま、世界。」
神でなくなった彼女が選んだのは、パンを焼いて、話して、笑って生きる日々。 その結末が、誰かの“未来”になる──。