第22話「私たちが変えた、世界のカタチ。」
──夜明け前、村の広場。
フランデルは焼きたてのパンを並べながら、空気の“匂い”を確かめるように深く息を吸った。パンの香ばしさに混じって、何かが変わり始める気配があった。 「……今日、なんかある気がすんだよな。鼻がざわついてる」
その勘は、的中する。
「ロルク! ちょっと来て!」
呼びに来たのは、ミルのばーちゃんだった。 手には、古びた布に包まれた何か。
「うちに昔っからある唄でね。意味はさっぱりだけど、最近これ口ずさむと……なーんか胸がソワソワすんのさ」
ばーちゃんが詠んだその旋律には、どこか聞き覚えのある響きがあった。
フランデルの顔が凍りつく。 「……それ、ただの民謡じゃない。神言語ルーン……しかも、祝詞に近い構文だ」
*
フランデルはロルクを連れて、自宅の奥に封じていた巻物を取り出す。 その名は、《神文書グリモアル・リザード》。
「みんなネタだって笑ってたけど……ほんとにあったんだな、これ」
巻物に記された文と、ばーちゃんの詩が一致していた。
──《目覚めしは、意志持つ種子。その名は、未来を紡ぐ声。》
その言葉に、空気がひとしきり震えた気がした。
「これ……俺のこと?」 ロルクが戸惑う。
「あるかもな。だって、お前だけだったろ? 誰に言われたわけでもなく、勝手に動き出したの」
*
その日の午後、村の広場でロルクは、子どもたちに手伝ってもらいながら何かを作っていた。 「“パンが焼ける音”で目覚まし時計を作りたいんだ」
「それ意味ある?」と誰かが聞いた。
「意味? うーん……まだない。でも、“あったら楽しいかも”って思ったら、止まんないんだ」
その言葉に、大人たちが足を止める。
「意味なんかなくても、やってみたくなるなんて……そういや、いつ以来だったっけね」
*
その夜。
空に浮かぶのは、巨大なルーンの紋章。 フランデルが手を掲げた瞬間、それは光を帯びて、村全体を包み込んだ。
「これが……ヴィスベルクの“第二段階”……! 心が、直接世界に触れてる……」
村人たちの胸に、それぞれ光が宿る。
それは、“こうなったらいいな”の形。
誰の目にも映らなかった。けど、確かに胸ん中にあった“あったらいいな”のかけら。
未来の欠片。
*
次回予告:「さよなら、駄女神。」
フランデルに、神に戻る選択肢が与えられる。 だがそれは、この世界を見捨てるということ──。 彼が選ぶのは、“再び神になる”か、“人としてここに残る”か。