第16話「完成した村、壊れません。」
村の朝は、今日も“ちょうどよく古かった”。 木造の家、すこし歪んだベンチ、傾いた看板。すべてが、“壊れていない”という一点で保存されていた。
それがこの村の美徳だった。壊れないなら直さない。困ってないなら変えない。
でも、今日は違った。
「井戸、壊れたー……まあ、そんな日もあるか」
のんびりした声が広場に響いた。 フランデルはパンをこねながら顔を上げた。
「……とうとう来たか」
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井戸は、村の中心にある。誰もが使う、誰もが頼っている。 でも、「直す」という言葉が、誰の口からも出てこなかった。
「水出ないなら……お茶、やめとこっか?」 「人間、そんな簡単に乾かないよ、多分」
「なあ、それ我慢って言わない?」とロルクがつっこむ。
フランデルはバケツ片手に現れると、ぽんと壊れた井戸を叩いた。 「じゃ、今日は井戸直そっか」
村人たちはざわついた。 「直せるの?」「やったことないけど……」
「そもそも、前に直した人が“完成だ”って言ってたし……」
「完成って、永遠じゃないから」
その一言で、空気が変わった。
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修理は始まった。 最初は「前と同じように」戻そうとした。 でも、フランデルがひとつだけ提案した。
「水、くむの重いよね。滑車、つけてみない?」
一瞬、静まり返る。
「……でも、それって“前と違う”よ?」
「“前と同じ”を目指すのもいい。でも、“今もっといい”って思える形があるなら、選んでみてもいいんじゃない?」
村人たちは迷った。けれど、結局、滑車はつけられた。
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完成した井戸の前で、水をくみ上げるロルクの手が止まった。
「……これ、なんか……いいな」
周りは黙ったままだったけど──空気が、やわらかくなっていた。
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現状維持が続いてきた世界。 でも、ほんの少しの“より良さ”が、文化という形で積み重なってきた。
その速度は、きっと“向上心”とは呼べない。 けれど、今日のこの井戸は、“ゆるやかな進化”の象徴としてそこにあった。
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次回予告:「働きたくないでござる!」
“働く意味”を誰も知らない村で、ひとりの若者が言い放った。「働きたくないでござる!」 やる気、義務感、やりがいとは? フランデルが報酬と労働の価値を再定義する。