第14話「地動説 vs 天動説バトル勃発!」
その朝、村の通りに緊張が走った。 教会の使者が来た、と誰かが言った。
しばらくして、神聖教会 教義監察官──イレア・セレフィーネが村に入る。 銀の刺繍の濃紺のコート、背筋の通った姿勢。
「神の名を騙る不届き者がいると聞き、当該人物の引き渡しを求めます」
誰かがパン屋を指さした。 イレアの視線がそこに向く。
「また会いましたね。あの時“地が動く”などと、軽々しく公言なさった方」
店内でパンを焼いていたフランデルが顔を上げ、ふわっと笑う。 「えー、覚えてた? つい言っちゃったやつ。発想の自由って怖いよね〜」
「公開の場で、討論させていただきます」
*
村の広場に即席の壇が組まれた。 片側には、神の不在を唱える教義監察官イレア。 もう片側には、“神は今ここにいる”と笑いながらパンを焼くフランデル。
地動説 vs 天動説。 信仰とは何か、神とは何か── 言葉の一つひとつが、空気を震わせる。
村人たちが集まり、ざわつく。 「パン屋の前で討論会って……」「いやパンはうまい」
「……“神はいない”。今の教会は、そう結論づけています」
「おお、きたな」 フランデルはパンの焼け具合を確認しながら軽く返す。
「“かつてはいた”。だが今は去った。だから、教義が人々を導くのです」
「で、“神様がパン焼いてる世界”は想定外ってわけだ」
「そう。神とは崇高で、計り知れない存在であるべき──」
「ふーん。私、けっこうわかりやすいよ? バターも塩も多めだし」
笑いが漏れ、しかしイレアは揺るがない。 「発想の自由は、教義の否定になりかねません」
「じゃあ、“考えること”も否定するの?」
村人のひとりがつぶやく。 「……なんかさ、この人……パン焼いてるとき、ちょっと、楽しそうだった」
ロルクがぽつりと。 「イレアさん……怒ってるっていうか、悲しそう」
その言葉に、イレアの眉がかすかに揺れた。 「……神が、いればよかったのに」
パンの香りが、ひときわ強くなる。
フランデルが焼きたてのパンを差し出す。 「熱いから気をつけて」
イレアは、それを静かに両手で受け取った。 パンの温もりが掌にじんわりと広がっていく。
──こんな感情、教義には書かれていない。
「……私は、神などいないと思ってきました」 「そう信じなければ、生きてこれなかった」
フランデルは何も言わず、ただ横でパンを切った。
「けれど……」イレアの声が少しだけ震えた。 「それでも、こんなにも温かいものが、あるのなら」
彼女はパンを見つめたまま言った。 「今はただ、それを疑わずに受け取ることにします」
それが、信仰なのか、人間としての弱さなのか──彼女自身、まだわからなかった。
フランデルが小さく笑う。 「……うん。うん、そっか。……それでいいよ」
次回予告:「魔族の王も無気力でした。」
敵国との接触。現れたのは、戦う気ゼロの“寝たい系男子”な魔族の王!? やる気ゼロの王に、フランデル式“やる気出させ大作戦”が始まる──。




