第12話「審判の日」
「……は? 呼び出し?」
フランデルは、パンを焼いている最中だった。 煙とバターの香りの中、空間がわずかに歪み、そこに“例の扉”が出現する。
『神格フランデル。進捗確認のため、審問空間へ召喚します』
「いやちょっと待って今いい匂いしてんだけど……」
次の瞬間、彼女の体はふっと浮き上がり、パンごと消えた。
*
審問空間──白く、広く、やけに静かで、時間まで凍っているような空間。空気が重い。音が逃げる。 玉座のような高台に座る“審問官”たちがこちらを見下ろしている。
「では、進捗報告を。地上における“やる気”の定着具合について」
フランデルはパンを頬張りながら答える。わざと明るく。 「えーとですね、発明家が爆発して、エルフが共鳴して、ロルクが荷車押しました」
審問官たちは動かない。
「……あなたたち、地上に行ったことあります?」
応答はない。
「そりゃないよね。全部数字と定義で見てるもんね。でも、あの子たちさ。基準に合格しないだけで、ちゃんと歩いてるんだよ」
パン屑を指で払って、肩をすくめる。 「地上は、じれったくて、意味わかんなくて、でも──おもしろい」
「……」
「あと、パンがうまい」
「……」
沈黙。空間そのものが冷たくなる。マジのやつだ。
審問官のひとりが口を開く。 「あなた、本来の命令に“向上心の注入”を含めていなかったのでは?」
「え、でも“改善を促す”って指示には……あ、主語なかったっけ?」
「……え、あれ、あれって“副詞的補足条件”じゃなかった?」
「ありません」
「えー!?」
フランデルはあわててパンを投げ出す。 「でも! あるから!……あの子、なんかこう、ちょっとずつだけど、ちゃんと……!」
空間に映し出されたのは、ロルクが荷車を押し、野ウサギに対して守るように前に出る姿。
「これこれこれ! 見て! 前に出たの! 恐る恐るだけど、でも! 出たの!」
審問官たちはしばらく映像を見つめていた。 やがて、長い耳をした審問官がぼそりと呟く。
「……確かに、“自己決定”の兆候とみなせる」
「でしょう!? ね!? いけるでしょ!? やる気、ちょっとあるでしょ!?」
「条件付き継続対象。次回査察における評価不良時、強制初期化も視野に入れます」
フランデルはその場に崩れ落ちて、深く長く息を吐いた。脳内で今にも“失格”の文字が点滅してた。 「よかった〜……まじで“審判”って文字、縁起悪いんだよ……」
息を吐きながら、心の中でこっそり毒づく。 『……ルールどおり? 知らない。私は、好きにやるよ』
扉が再び開く。 光の向こうに、パンの香りが戻ってきた。
「──はい、お仕事続けます!」
*
──その頃、地上では ロルクが、パン屋の前で何かを考えていた。
「……このままで、いいのか?」
その問いに、誰も答えない。 けれど、空は晴れていた。
次回予告:「バレた。というか、バラした。」
フランデル、ついに正体バレ。むしろ開き直って改革宣言。神様って、もっと自由でもいいと思うの。