第10話「エルフの森は今日も沈黙。」
木漏れ日の中を歩くたび、音がどこかへ消えていく。 鳥のさえずりも、葉の擦れる音も、すべてが息を潜めている森だった。まるで、世界そのものが黙っているようだった。
「……これが、エルフの村?」
ロルクの声が、木々の間で細く揺れる。
「うん。静かでしょ」
フランデルは軽く頷いた。
村といっても、木の根元や幹に作られた簡素な住居が、森のあちこちに静かに点在している。 誰も叫ばない。誰も笑わない。子どもの声すら聞こえない。
けれど、死んでいるわけじゃない。 全員が“静かに暮らしている”のだ。
「……なんか、空気まで感情ないみたいだな」
ロルクの言葉に、フランデルがふと足を止める。
「そう。実際、エルフたちって、感情表現がすごく希薄なんだよ」
そう言って彼女は、落ち葉を拾いながら小さく続けた。
「だけどね、消えてるわけじゃない。たぶん、隠してるだけ」
そのとき、どこからか、ひどく頼りない旋律が滲んできた。 音というより、空気の襞にふれたような揺らぎだった。
ロルクが首を傾ける。 「……今の、歌?」
「ううん。エルフの“詩の儀式”だよ」
音階はない。リズムも定まっていない。けれど、なぜか耳に残る。 感情のない、でも何かがある“語り”だった。
村の広場に出ると、数人のエルフたちが半円になって座っていた。 一人が語り、一人が弦を鳴らし、一人が静かに呼吸を重ねていく。
空間全体が、失われた記憶を手探りでなぞっているようだった。
フランデルは目を細める。
「共鳴してる……」
「共鳴?」
「うん。魔法の素質みたいなもの。 同じ感情、同じ空気を共有したときにだけ発動する魔法があるんだよ。 でも、この世界じゃ忘れられてる。というか、必要とされてない」
そのとき、一人のエルフがふとこちらを向いた。 まるで“聞かれていた”ことに気づいたような瞳。 けれど、何も言わず、また静かに語りへと戻っていった。
ロルクは息を呑んだ。 「……心、あるよな。あいつら」
フランデルはにんまり笑った。 「あるよ。ずっと、あったんだよ」
その日の儀式は、言葉も拍手もなく、ただ静かに終わった。 でも、空気の奥底に、誰かの呼吸の名残だけが残っていた。
それは言葉じゃなく、魔力でもなく、 ──でも確かに、胸のどこかがふるえた。
そしてそれは、忘れ去られた《ヴィスベルク》という名の魔法の、ほんの入口だった。
次回予告:「ちょっとずつ、前へ。」
臆病だった。誰かの影に隠れているのが楽だった。 でも、誰かが困ってるなら──それを見てるだけなんて、もう嫌だった。 ロルクが初めて、自分の意志で前に出る。